1680年、現在のアメリカ南西部ニューメキシコ州で起こった「プエブロの反乱」は、スペイン帝国とプエブロ諸族との間で戦われた大規模な政治的・軍事的紛争でした。この反乱は、スペインによる過酷な植民地支配への直接の反発として勃発し、北米史上でも特筆される先住民族の大規模な蜂起となりました。
反乱の成功とスペイン勢力の一時撤退
宗教指導者ポペ(Popé)に率いられたプエブルの人々は、各集落が一斉に立ち上がる組織的な蜂起によってスペイン人を地域から追放することに成功しました。サンタフェをはじめとする主要な拠点が奪還され、ニューメキシコでは約12年間にわたりスペインの統治が途絶えることとなりました。この間、プエブルの人々は自らの土地、水、そして伝統的な信仰を取り戻すことができました。
1692年、スペインによる再征服
反乱が事実上の終わりを迎えたのは、1692年にディエゴ・デ・バルガス(Diego de Vargas)が率いるスペイン軍がニューメキシコに戻り、再征服を進めたときです。バルガスは武力衝突を最小限にとどめる交渉と威圧を組み合わせて多くのプエブル集落を服属させ、スペインの支配体制が復活しました。ただし、ホピ族など一部の集落は最後までスペインの支配を受け入れず、独立を守り抜きました。
再征服後に変わったもの
とはいえ、スペイン側が以前とまったく同じ統治に戻ったわけではありません。二度と大規模な反乱を招かないため、植民地当局はプエブルの人々の伝統的な宗教儀礼に対して以前より寛容な姿勢をとるようになり、彼らの共同体や土地の権利もある程度尊重されるようになりました。
反乱が現代に残した遺産
プエブルの反乱は、北米における先住民族の抵抗運動の象徴として今日も語り継がれています。反乱とその後の再征服を通じて、プエブルの人々の土地や水に関する権利、信仰の自由は部分的に守られ、彼ら独自の文化とアイデンティティは21世紀の現在まで脈々と受け継がれているのです。