ヨーロッパの歴史

古代ローマの娼婦の階級――10の分類と驚きの実態

4月には古代ローマに存在した「娼婦の日」についてお伝えしましたが、今回は、当時のローマ社会で実際にどのような種類の娼婦たちが活動していたのか、その階級ごとに詳しく見ていきましょう。

古代ローマの娼婦の階級――10の分類と驚きの実態

古代ローマの娼婦たちの分類

デリカタエ(Delicatae)――最高級の娼婦

権力者だけが相手にすることを許された、贅を尽くした高級娼婦たちです。現代でいうところの「カタログ」から選び、専用の住まいまで用意される、まさに特別な存在でした。

ファモサエ(Famosae)――快楽を求めた貴婦人たち

社会的地位に恵まれながら、生活の必要もないのに、純粋な快楽のために性行為にふけった女性たちです。最も有名な例が、皇帝クラウディウスの妻ヴァレリア・メッサリナでしょう。

彼女はどれほど好色だったのか。夫の不在に乗じて、宮殿にローマ中の娼婦たちを集め、「一日に何人の男性と寝られるか」を競うコンテストを開催したのです。娼婦側はこの挑戦を受け、プロ中のプロであるスキッラを送り出しました。しかし彼女は25回の交わりで降参。一方のメッサリナは夜を徹して競争を続け、70人と寝てもまだ満足しないと宣言し、夜明けまで行為を重ねたといいます。最終的な記録はなんと200人……。

ルパエ(Lupae)――売春宿の娼婦

専用の売春宿で商売をしていた娼婦たちです。名称は「牝狼」を意味するラテン語に由来します。

ノクティルカエ(Noctilucae)――夜専属の娼婦

夜だけ働いた娼婦たちです。

コパエ(Copae)――酒場で働く女たち

カウポナ(Caupona)と呼ばれる店で働いていました。カウポナとは、ワインや保存肉、チーズ、漬物といった手軽な飲食物を提供する立ち飲み風の店で、その場で楽しむことも持ち帰ることもできました。椅子やテーブルはなく、店先のカウンターで客はわずか1アス(銅貨)でワイン一杯と軽いつまみを味わえたのです。

フォルニカトレス(Fornicators)――アーチの下の娼婦

橋や建物のアーチ(アーケード)の下で客を取った娼婦たちです。ラテン語でアーチを意味するfornix(フォルニクス)が語源で、英語の「fornicate(性交する)」という言葉はここから生まれました。

フォリアエ(Forariae)――街道の娼婦

ローマ近郊の田舎道で働き、主な客は行き交う旅人たちでした。

ブストゥアリアエ(Bustuariae)――墓地のそばの娼婦

墓地の近くで商売をしていた娼婦たち。どこか神秘的な響きを持つ存在です。

プロスティブラエ(Prostibulae)――街頭の娼婦

街頭で何の規制も受けずに働く娼婦たちでした。ちなみに歴史家タキトゥスの記述によれば、娼婦になりたい女性はアエディリス(按察官)の役所への登録が義務付けられていました。氏名、年齢、出身地、そして「源氏名」を登録すると、営業許可証リケンティア・ストゥプリ(licentia stupri)が交付されたのです。

古代ローマの娼婦の階級――10の分類と驚きの実態

参考文献:『Prostitutes, Erotic Latin』Enrique Montero Cartelle 著/『Learning from the past』José Manuel Pina Piquer 著