古代ローマにおける性のあり方については、これまでにも何度か取り上げてきました。それでもあえて繰り返したいのですが、ローマ社会における「性」の捉え方は、現代の私たちが教育を通じて身につけた慎みや照れとは、まったく無縁のものでした。とはいえ、だからといってすべてがバラ色だったわけではありません。その線引きをはっきりと示したのが、皇帝アウグストゥスなのです。

紀元前17年、「ユリウス姦通法」の公布
婚姻の道徳的基盤を回復し、アドルテリウム(adulterium/既婚女性との性的行為、いわゆる姦通)やストゥプルム(stuprum/寡婦や処女との性的行為)といったスキャンダラスな振る舞いを防ぐため、アウグストゥス帝は紀元前17年にLex Iulia de Adulteriis Coercendis(姦通罪鎮圧に関するユリウス法)を公布しました。
いかにも当時らしいことに、この法律は身分によって扱いを変える「身分法」であり(パトリキとプレブスでは適用される刑罰が異なりました)、現代の感覚で見れば明らかに差別的な内容でした。というのも、この法律の根本目的は既婚女性の貞操を守ることに置かれていたからです。
そしてこの法律により、姦通は単なる不義密通ではなく、正式な刑事事件として裁かれるようになりました。
- 罪を犯した男女は二人とも追放刑に処され、加えて財産の一部を没収されました。
- 父親は、姦通した娘とその愛人を自宅または婿の家で「現行犯」で捕らえた場合、その瞬間に限り、両名を殺害することが許されました。
- 同じ状況下で夫が妻と愛人の現行犯を目撃した場合は、愛人を殺す権利が与えられる一方で、妻との離婚が義務となりました。もし夫が離婚に応じなければ、レノキニウム(lenocinium/妻の姦通に対する黙認・同意)として問罪される危険を負ったのです。
20時間の拘束と、あまりに屈辱的な「慣例」
さらに後者の場合、夫は愛人を20時間にわたって拘束し、その恥ずべき行為を見せつけることが認められていました。ところが問題はここからです。この20時間の間、慣例としては――愛人は奴隷(好ましくはヌビア人出身者。その理由について、あえて説明する必要はないでしょう)の手によって、あるいは本人が望むなら自らの手によって、大根を使ったソドミーの辱めを受けたというのです。
名誉重視のローマ社会において、このような公衆の面前での屈辱は、死よりも重い社会的烙印となったことでしょう。アウグストゥス帝が本気で家庭の倫理を立て直そうとしたことが、この過酷な規定の数々からもよく分かります。
出典:Women Lex Iulia、Virtual Legal Library、Learning from the past – José Manuel Pina Piquer