ヨーロッパの歴史

古代文明で大ウケしたジョーク集──シュメールからローマまでの人類のユーモア史

はじめに

以前このサイトでは「人類最古のジョーク」について取り上げました。今回はその続編として、古代のさまざまな文明で実際に笑いを博したジョークの数々をご紹介します。もちろん、「ユーモアとは極めて相対的なものだ」という前提をお忘れなく。

シュメール

ここには、人類史上最古級のユーモアの例が眠っています。シュメール人は道徳的な教訓文を記すことを好み、その作品群は現在知られている最も原始的な哲学の形でもあります。中でも有名なのが『義にかなって苦しむ人間』という作品で、善良な男が神々から次々と不幸を降り注がれながらも、忍耐と神への服従をもって受け止める様子が描かれています。この場合、ユーモアのセンスを持っているのは気の毒な当人なのか、それとも神々の側なのか、判然としません。

こうした教訓文では、真面目で道徳的な一節と、鋭い皮肉の効いた一節が混在しています。たとえば――
「貧しい者には金銭と憂いを貸すものだ」
あるいはこちら。
「貧乏人は死んだほうがましだ。パンがあれば塩がない。塩があればパンがない。肉があれば子羊がない。子羊が手に入れば……今度は肉がない」

また、実にユーモラスな格言や諺も残されています。
「あまりに汚れているので、どちらがロバでどちらが馬丁なのか分からない」
「召使いはいつだって汚れたスカートを穿いている」
「嘘をつけ、あるいは真実を語れ。いずれにせよ他人はそれを嘘として数えるだろう」

人気の寓話では、キツネが牛を踏みつけ、振り返ってこう言います。
「おっと、すまない!痛くなかったかい?」
ちなみにシュメールの寓話において、キツネは狡猾で生意気、自慢好き、そしてときに少しばかり臆病な役回りを担っています。

ユーモアが垣間見えるもう一つの分野、それが現代にも通じる結婚式です。シュメールの婚礼では、ご馳走のほかに、招待客が新郎新客が新郎新婦を讃える詩を朗誦する習慣がありました。そして参加者がビールを十分に楽しんだ頃になると、詩はコミカルなものへと変わっていきます。
「楽しみのための結婚……いや、よく考えたら離婚しよう」
「喜びに満ちた心――花嫁。重苦しく沈む心――花婿」

最後に、人類最古のジョークをご覧ください。その本文はこうです。

黒頭の民(シュメール人)の地で、太古よりかつて見られなかったこと。それは、若く可憐な乙女が、恋人の膝の上に座ったまま風を漏らさなかったこと。

なんと、人類最古のジョークは下ネタだったのです。4000年経っても人間は変わらない、と言ったのは誰でしたっけ?

古代文明で大ウケしたジョーク集──シュメールからローマまでの人類のユーモア史

エジプト

『ウェストカー・パピルス』は、全長169cm、高さ約33cmのエジプト文書で、ヒクソス時代(紀元前1650年~前1540年頃)に書かれた魔法譚を集めたものです。1866年以降、ベルリンのエジプト博物館に所蔵されており、そこにはこんなジョークが登場します。

退屈しているファラオをどうやって楽しませるか?漁網だけを身につけた若い女性たちを乗せた船をナイル川に浮かべ、ファラオを釣りに誘えばよい。

この土地では、こんな話もウケていたようです。

男が亡き父の遺体をアレクサンドリアのミイラ職人のもとへ運びました。引き取りに訪れると、複数の遺体を預かっていた職人が「お父上を見分けるための特徴は何かありますか?」と尋ねます。息子はこう答えました。「ひどい咳をしていました」

ギリシャ

友人がある哲学者に言いました。「おめでとう!奥さまが出産されたそうじゃないか」。哲学者は愛想なく答えました。「ああ、君のような友達のおかげでね」

占い師がある男に告げました。「あなたには子供を授かる力がありません」。男が「しかし私には7人の子供がおりますが」と答えると、占い師はこう返しました。「ほほう。では、よーく観察してみることですね」

アブデラ人[トラキアのポリス、アブデラの住民。愚か者として有名だった]が祖母と寝ているところを父親に見つかり、殴り飛ばされました。息子はすすり泣きながら訴えます。「父さんは僕の母親と何度も寝たのに、僕は何ひとつ言わなかったでしょう!どうして僕があなたの母親と一度寝ただけで殴られるんですか!」

古代文明で大ウケしたジョーク集──シュメールからローマまでの人類のユーモア史

ローマ

ある市民が売春宿に入り、店主(レノ)に黒人の娼婦の値段を尋ねました。高すぎると感じた彼は、さらにこう聞きます。「では、一晩いくらになります?」

また、時代とともに主人公の名前を変えながら語り継がれてきたジョークもあります。ローマの作家にして文法学者のマクロビウスは、著書『サトゥルナリア祭』の中でこう記しています。

アウグストゥスに関して言えば、私がより賞賛するのは、彼自身が放ったジョークではなく、彼が耐え抜いたジョークのほうである。忍耐こそ雄弁よりも大きな美徳だからだ。しかも皇帝は、かなり辛辣な冗談まで受け流していたのである。属州出身の男による辛辣なジョークは特に有名になった。その男はカエサルに瓜二つだったため、ローマに現れるや否や、すべての視線が彼に集中した。アウグストゥスは彼を御前に召し出し、じっと見据えたうえで、こう尋ねた。「若者よ、率直に答えよ。そなたの母はかつてローマへ来たことがあるか?」男は否と答えたが、こう付け加えた。「ただ、父は幾度も参りました」

当時の彼らにとって面白かったのか、今の私たちにとって面白いのかは別問題ですが、最後はエルバート・ハバードの言葉で締めくくりましょう。

「人生を真剣に考えすぎるな。どうせ誰も、生きたまま出ていけるわけではないのだから」