ヨーロッパの歴史

夫は「議会」の前でインポテンスを証明させられた?――中世ヨーロッパの衝撃的な離婚審査

「議会」という言葉の、忘れられた意味

スペイン王立アカデミー(RAE)で「congress(議会)」を引くと、3番目と4番目の語義として、それぞれ「コルテス(国会)の議員が会合を行う建物」「一部の国における国民議会」と定義されている。理論上は国民を代表する憲法上の機関であるはずの議会だが、その立法活動ぶりを目にすると、古代ローマの詩人カトゥルスの有名な一節――「pedicabo ego vos et irrumabo」(お前たちを犯してやる)――を地で行っているかのように思えてしまう。

ところが、この単語にはもうひとつ、現在では使われなくなった6番目の意味が存在していた。

「肉体的な交わり」=性交

中世、女性が離婚できた唯一の方法

この意外な語義は、中世ヨーロッパにまで遡ることができる。当時、教会法のもとで女性が婚姻を解消する唯一の手段は、夫のインポテンス(性的不能)を訴えることだった。しかし、口先だけの主張は認められない。訴えを成立させるためには、その不能を客観的に証明しなければならなかったのである。

証人たちの前で行われた「検証」

証明の方法とは、なんと夫婦が実際に性関係を持つところを、第三者集団の面前で実演するというものだった。この監察団体こそが「congress(委員会)」と呼ばれたのである。

メンバーは医師、助産師、聖職者といった面々。被告となった夫は、こうした見物人の群れを前にして、自らの男性機能を示さねばならなかった。

想像するに難くないが、多くの男性は極度の緊張から機能を発揮できなかった。仮に最初の試験で不合格となっても再挑戦を申し込むことは可能だったものの、一度疑いをかけられた男の「威厳」は、二度と完全には回復しなかったという。

1433年、ヨークの離婚訴訟に残された記録

この「インポテンス検証」には、さらに過激なバージョンも存在していた。1433年にイングランドのヨークで行われた離婚訴訟では、ジョン(John)という名の貧しい男が、まさにこの試練を課された。公的な記録には次のように残されている。

妻以外のある女性が、彼に裸の胸を見せた。そして手でジョンの陰茎と睾丸をつかみ、こすり上げ、男性機能が現れるよう可能な限りの刺激を与えた。だがその間ずっと、問題の陰茎は長さ7センチほどにとどまり、大きくなることも、縮むこともなかった……。

夫は「議会」の前でインポテンスを証明させられた?――中世ヨーロッパの衝撃的な離婚審査

なぜこんな慣習が存在したのか

現代の感覚では信じがたいこの慣習も、背景を知れば理解できる部分がある。中世において結婚は宗教的な聖 sacrament(秘跡)であり、離婚という概念はほぼ存在しなかった。婚姻の無効を認められるためには、「夫婦生活が成立し得なかった」という物理的事実を突き止める必要があったのだ。医学的知識も検査機器もない時代、教会裁判所が採用したのが、この直接的かつ屈辱的な「実地検分」だったのである。

言い換えれば、「議会」という言葉が性交を意味していた時代、そこに集うのは議員ではなく、医師と聖職者からなる審査員団だった。歴史とは、時にここまで直截で、そして皮肉に満ちているのである。

出典:『性の歴史』マルコム・ポッツ&ロジャー・ショート著(Thought Library/サイエンス・ライブラリー)