2009年から2012年まで約3年3か月続いた民主党政権は、期間こそ短いものの、政権交代、東日本大震災、原子力発電所事故、消費税増税の決断など、日本の戦後政治史における重大な出来事がぎっしりと詰まった時代でした。年表という時間軸を使ってこの時期を整理することで、激動の政治的変動をより深く、わかりやすく理解することができます。
民主党政権とはどんな時代か
民主党政権は、2009年8月30日執行の第45回衆議院総選挙で自由民主党に圧勝したことを受け、同年9月16日に鳩山由紀夫内閣が発足したことで幕を開けました。戦後日本で初めて本格的な政権交代が実現し、「政権を選べる政治」への大きな期待が寄せられた時期です。しかし、その後は政局の混乱や震災対応、ねじれ国会など数々の試練に直面しながら、鳩山・菅・野田と3人の首相が続き、2012年12月の第46回衆議院総選挙での大敗により政権の座を明け渡すこととなりました。
年表で見る民主党政権の主要な出来事
鳩山由紀夫内閣期(2009年9月~2010年6月)
2009年9月:鳩山由紀夫内閣が発足。「友愛政治」を掲げ、子ども手当の創設、高速道路無料化、農家ごとの戸別所得補償制度など、マニフェスト(政権公約)に基づく政策を次々と打ち出しました。
2009年11月~:予算の無駄遣いを洗い出す「事業仕分け」が実施され、大きな注目を集めます。
2010年5月:在日米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり、沖縄県外移設を公約していた鳩山首相が県内移設へ方針を転換し、社民党が連立を離脱。政権運営が大きく揺らぎました。
菅直人内閣期(2010年6月~2011年9月)
2010年6月:鳩山首相の退陣を受け、菅直人内閣が発足。
2010年7月:第22回参議院選挙で民主党が敗北し、衆参ねじれ国会が生まれます。
2010年9月:尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が発生し、日中関係が緊張しました。
2011年3月11日:東日本大震災が発生。マグニチュード9.0の巨大地震と巨大津波が東北地方を襲い、福島第一原子力発電所の深刻な事故も引き起こされました。菅政権は未曾有の災害対応と復興計画の策定に追われることになります。
2011年6月:再生可能エネルギーの固定価格買取制度を定めた特別措置法が成立しました。
野田佳彦内閣期(2011年9月~2012年12月)
2011年9月:菅首相の退陣を受け、野田佳彦内閣が発足。「背水の陣」を決意表明に掲げました。
2012年6月:消費税率を段階的に10%へ引き上げる関連法案が、自民党・公明党との三党合意のもとで成立します。
2012年11月:野田首相が「いつかは必ず解散」と述べていた言葉通り、衆議院を解散。
2012年12月:第46回衆議院総選挙で民主党が歴史的惨敗を喫し、自民党への政権交代が実現。約3年3か月の民主党政権が幕を下ろしました。
民主党政権が残したもの
民主党政権は、政権交代の実現という日本の政治史上の転換点を作った一方で、マニフェスト政策の頓挫、政局の混乱、そして東日本大震災という前例のない危機への対応など、多くの課題を抱えた時代でもありました。エネルギー政策の見直しや社会保障と税の一体改革など、その後に続く政治の議論の土台を築いた側面もあり、その評価は今なおさまざまな視点から語り継がれています。