ヨーロッパの歴史

キプロス、グリバス将軍「ディゲニス」の葬儀の記録――「団結」を合言葉に

キプロス、グリバス将軍「ディゲニス」の葬儀の記録――「団結」を合言葉に

熱狂的な支持者と同様に熱狂的な反対者を持つゲオルギオス・グリバス「ディゲニス」は、マカリオス大統領とともに、死去から数十年経った今なお、キプロス共和国の現代史における責任の所在やその程度をめぐり、社会を二分する存在であり続けています。

1974年1月27日、グリバスは心臓発作のため76歳でこの世を去りました。そして3日後、リマソールで彼の葬儀が執り行われたのです。

晩年のグリバス――隠れ家での最期

グリバスは、エリ・クリストドゥリドゥの自宅で、彼女の娘たちとともに過ごしていた最中に心臓発作で亡くなりました。晩年の数日間、将軍は体調を大きく崩しており、妻はアテネへ赴いていたため、独りきりにならないよう、自身の隠れ家もあったクリストドゥリディス家に身を移していたのです。そこが彼の人生の終着点となりました。

数千人が参列した「民衆の巡礼」と化した葬儀

葬儀には数千人もの人々が駆けつけ、式典はまさに民衆の大規模な巡礼のような様相を呈しました。しかし、政府側からの代表は一人として出席しませんでした。当時、グリバス率いるEOKA-Bとマカリオス政権との関係は極度に緊張し、内戦寸前の状態にあったからです。そしてわずか数ヶ月後、EOKA-Bによるクーデターが勃発することになります。

グリバスの死と葬儀は、キプロスが歴史の転換点を迎えつつあったことを象徴する出来事となりました。「団結」を掲げた彼の遺志とは裏腹に、島はその後、分裂への道を辿っていくのです。

出典:sigmalive.com