ホロコーストは、一足飛びに実行されたのではなく、いくつもの段階を経て組織的に進められました。それぞれの段階は、前の段階よりもさらに過激なものとなり、最終的に数百万という犠牲者を出す悲劇へと至りました。
第1段階:反ユダヤ法による自由の剥奪
ホロコーストの出発点となったのは、反ユダヤ主義的な法律の公布です。1935年のニュルンベルク法をはじめとする一連の法令により、ユダヤ人は市民権、職業、財産といった基本的な自由と権利を次々と奪われていきました。法律による制度的な差別が、その後の迫害への道を開くことになりました。
迫害の激化とゲットーへの隔離
法的差別に続いて、ユダヤ人への物理的な迫害が本格化しました。1938年の「クリスタルナハト(水晶の夜)」と呼ばれるポグロムでは、シナゴーグやユダヤ人商店が襲撃されました。その後、ユダヤ人は都市の特定区域に設けられたゲットーへと強制的に移住させられます。ワルシャワ・ゲットーなどでは、極度の食糧不足と病気の蔓延により、収容前に多くの人々が命を落としました。
強制送還と奴隷労働
1941年以降、占領下のヨーロッパ各地に住むユダヤ人たちは、貨物列車で東方へと強制移送されました。多くの人々が強制労働収容所に送られ、過酷な環境のもとで奴隷同然の労働を強いられ、疲弊していきました。
最終段階:絶滅収容所での大量虐殺
そして最終的に、ナチス政権は「ユダヤ人問題の最終的解決」と称して組織的な大量虐殺を実行しました。アウシュヴィッツ=ビルケナウ、トレブリンカ、ソビボールなど、大量殺戮のために特別に建設された絶滅収容所では、ガス室を用いてユダヤ人たちが大量に殺害されました。このように、ホロコーストは法律制定から迫害、隔離、移送、強制労働を経て、絶滅へと至る綿密に計画された段階的プロセスだったのです。