ヨーロッパの歴史

フランス革命中にフランスを離れた貴族は誰?亡命貴族(エミグレ)の一覧

フランス革命中にフランスを離れた貴族とは?

1789年にはじまるフランス革命では、王権や貴族制度への批判が激化し、多くの貴族が迫害や処刑を恐れて国外へ亡命しました。こうした人々は「亡命貴族(エミグレ)」と呼ばれ、周辺諸国において反革命勢力の中心となっていきます。ここでは、革命中にフランスを離れた主要な貴族を、王室の近親者、ブルボン家の分家、そして名門家系の当主というカテゴリー別に整理して紹介します。

王室の近親者

  • プロヴァンス伯(後のルイ18世)— 国王ルイ16世の弟。
  • アルトワ伯(後のシャルル10世)— ルイ16世の末弟で、いち早く亡命した王族。
  • アングレーム公 — アルトワ伯の長男。
  • アングレーム公妃 — ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの娘。
  • ベリー公 — アルトワ伯の次男。
  • オルレアン公 — ルイ16世の従兄。
  • シャルトル公 — オルレアン公の長男。
  • ヌムール公 — オルレアン公の次男。
  • モンパンシエ公 — ルイ16世の従兄。

ブルボン家コンデ分家

  • コンデ公 — ブルボン家コンデ分家の当主。
  • ブルボン公 — コンデ公の息子。
  • アンギャン公 — コンデ公の孫。

名門貴族の当主たち

  • モンモランシー公 — モンモランシー家当主。
  • ラヴァル公 — ラヴァル家当主。
  • ラ・ロシュフコー公 — ラ・ロシュフコー家当主。
  • シュワズール公 — シュワズール家当主。
  • リシュリュー公 — リシュリュー家当主。
  • グラモン公 — グラモン家当主。
  • ノアイユ公 — ノアイユ家当主。
  • カストリーズ公 — カストリーズ家当主。
  • ポリニャック公 — ポリニャック家当主。
  • ブリアック公 — ブリアック家当主。
  • ローザン公 — ローザン家当主。
  • フィッツ=ジェイムズ公 — フィッツ=ジェイムズ家当主。
  • ベリック公 — ベリック家当主。

スペインゆかりの公爵家

  • アルバ公 — アルバ家当主。
  • メディナセリ公 — メディナセリ家当主。
  • インフンタード公 — インフンタード家当主。
  • オスナ公 — オスナ家当主。
  • アルブルケルケ公 — アルブルケルケ家当主。
  • イハル公 — イハル家当主。
  • ベナベンテ公 — ベナベンテ家当主。
  • レルマ公 — レルマ家当主。

まとめ

フランス革命中に国外へ逃れた貴族には、後に王位に就くプロヴァンス伯(ルイ18世)やアルトワ伯(シャルル10世)といった王族から、コンデ公、モンモランシー公、ポリニャック公など由緒ある名門の当主まで、幅広い階層の人々が含まれていました。彼らの大量亡命は、ヨーロッパ各国を巻き込む反革命運動や対仏戦争の重要な背景となり、その後の革命の行方とヨーロッパ史全体に大きな影響を与えました。