連合規約はどのように作成されたのか?
連合規約(Articles of Confederation)は、アメリカ合衆国最初の憲法です。1776年、大陸会議の委員会によって起草が始められ、その後の調整を経て、1781年までに13州すべての批准を得て正式に発効しました。
しかし、連合規約のもとで作られた中央政府は、きわめて弱いものでした。連邦政府には課税権がなく、州際・対外の通商を規制する権限も持ちませんでした。これらの重要な権限は各州に留保され、中央政府が単独で行えるのは、戦争の布告や外交交渉、資金の借入などにほぼ限られていたのです。
なぜ連合規約は失敗したのか?
連合規約が失敗した最大の理由は、中央政府があまりにも弱く、国家として十分に機能できなかった点にあります。政府は自らの力で財源を確保できず、通商を統制することもできませんでした。その結果、独立戦争で負った戦費の返済もままならず、経済全体が混乱に陥りました。
さらに、連合規約には州間の紛争を解決する仕組みが用意されていませんでした。このため、州同士の間で貿易をめぐる対立や境界線を巡る争いが頻発しました。また、1786年から翌年にかけてマサチューセッツ州で発生したシェイズの反乱のような内乱に対しても、中央政府には効果的に対応する力がなく、体制の脆さが露呈することとなりました。
こうした問題を受け、1787年にはフィラデルフィアで制憲会議が開催され、新たな国家の枠組みづくりが進められました。そして1789年、連合規約に代わってアメリカ合衆国憲法が発効します。新しい憲法は、連邦政府に課税権・通商規制権・条約締結の権限などを与え、はるかに強力な中央政府を実現しました。これにより、アメリカは一つの統一国家として、より効果的に機能できるようになったのです。