「アメリカ独立戦争中、フランス国王ルイ16世はサラトガの戦いの前に中立を保っていた」という見方がありますが、これは正確ではありません。実際には、サラトガの戦い(1777年10月)以前から、フランスはアメリカ側へ極めて重要な支援を行っていました。
サラトガ以前のフランスによる秘密支援
ルイ16世は公式には中立の立場を装いつつ、表向きは民間企業として設立された「ロデリグ・オルタレス商会」などを通じて、武器・弾薬・資金をアメリカ大陸軍に供給していました。この商会の背後には、劇作家として知られるボーマルシェが関わっており、実質的には政府主導の援助でした。
さらに、ラファイエット侯爵をはじめとする多くのフランス人志願兵が大西洋を渡り、独立軍の訓練や指揮に貢献しました。こうした人的・物的支援は、サラトガにおけるアメリカ軍の勝利を大きく後押しするものとなりました。
サラトガの勝利がもたらした転換点
1777年のサラトガの戦いにおける決定的な勝利は、独立戦争全体の大きな転換点とされています。この勝利により、フランスは「アメリカはイギリスに対抗しうる本物の勢力である」と確信し、公然と介入する判断を下しました。
正式な同盟への道
1778年2月、フランスはアメリカ合衆国との間で通商条約および同盟条約を締結し、正式にイギリスへ宣戦布告しました。以降、フランスは陸軍・海軍の派遣や多額の財政援助など、あらゆる面でアメリカを支えます。1781年のヨークタウン包囲戦で決定的な役割を果たしたのもフランス軍であり、アメリカの独立達成にフランスの貢献は不可欠でした。
まとめ
つまり、ルイ16世はサラトガ以前から「表向きは中立、裏では大規模な支援」という立場を取っており、完全な中立ではありませんでした。むしろ、その秘密支援こそがサラトガの勝利を実現させ、結果としてフランスの正式参戦とアメリカ独立の成功へとつながったのです。