1600年代から1700年代にかけてラテンアメリカを支配していたヨーロッパの国は、主にスペインとポルトガルの2か国です。
スペインによる広大な支配地域
スペインは、メキシコ、中央アメリカ、カリブ海地域の一部、そして南米大陸の大部分(ブラジルを除く)という広大な領土を征服し、統治していました。アステカ帝国やインカ帝国といった先住民の強力な国家を征服した後、銀山開発とプランテーション農業を基盤として、副王制と呼ばれる大規模な植民地統治システムを築き上げました。
ポルトガルが支配したのはブラジル
一方、ポルトガルが植民地として支配したのは、現在のブラジルにあたる南米東部の地域です。当初は海岸沿いの拠点にとどまっていましたが、砂糖プランテーションの発展や金鉱山の発見を背景に、内陸部へと勢力を大きく広げていきました。
なぜ2か国で分けられたのか
この支配地域の区分には、1494年に締結されたトルデシリャス条約が大きな役割を果たしています。この条約では、大西洋上に引かれた線を境に、西側をスペイン、東側をポルトガルの勢力圏とすることが取り決められました。この取り決めにより、南米大陸ではスペイン語圏とポルトガル語圏(ブラジル)が現在まで明確に分かれています。
その他のヨーロッパ諸国の動向
1600年代に入ると、イギリス、フランス、オランダなどもカリブ海の島々やギアナ地方、北アメリカ東部などに拠点を築き始めました。しかし、ラテンアメリカの大陸部の大部分については、1600年代から1700年代を通じて引き続きスペインとポルトガルが支配権を維持しており、この構図は19世紀初頭の独立運動まで続くことになります。
まとめ
つまり、1600年代から1700年代のラテンアメリカを支配していたのはスペインとポルトガルであり、その境界線はトルデシリャス条約によって定められたものです。この歴史的背景こそが、今日の中南米における言語分布や文化の違いを形作った大きな要因となっています。