イングランド王ヘンリー8世(在位:1509年~1547年)には、数人の兄弟姉妹がいました。テューダー朝の歴史を理解するうえで欠かせない王家の家族関係を、わかりやすくご紹介します。
ヘンリー8世の実の兄弟姉妹
1. アーサー(ウェールズ公)
ヘンリーの兄で、イングランド王位の法定推定相続人でした。ところが1502年、15歳の若さでこの世を去り、弟のヘンリーが新たな王位継承者となります。この突然の死こそが、後のヘンリー8世の即位への道を開いたのです。
2. マーガレット・テューダー
ヘンリーの姉にあたり、スコットランド王妃となりました。スコットランド王ジェームズ4世と結婚し、のちのスコットランド王ジェームズ5世やレノックス伯爵夫人マーガレット・ダグラスなど、複数の子供をもうけています。彼女の子孫からは、イングランドとスコットランド両方の王位を継ぐステュアート朝の君主たちが登場しました。
3. メアリー・テューダー
ヘンリーの妹で、一時はフランス王妃にもなりました。フランス王ルイ12世と結婚しましたが、結婚後まもなく夫が亡くなります。その後、イングランドへ帰国し、サフォーク公チャールズ・ブランドンと再婚しました。
4. エリザベス・テューダー
ヘンリーの妹の一人です。幼いうちに亡くなったため、女王になることはありませんでした。美しさと音楽の才に恵まれていたと伝えられています。
5. エドマンド・テューダー(サマセット公)
ヘンリーの弟ですが、生後まもない乳幼児期に亡くなりました。
6. キャサリン・テューダー
ヘンリーの妹ですが、こちらも誕生からまもなく亡くなっています。
兄弟と混同されやすいヘンリー8世の子供たち
次に挙げる人物は、ヘンリー8世の兄弟姉妹ではなく、彼自身の子供たちです。よく混同されるため、あわせて整理しておきましょう。
7. ヘンリー・フィッツロイ(リッチモンド・サマセット公)
エリザベス・ブラウントとの間に生まれたヘンリー8世の庶子(私生児)です。父である国王から正式に認知されていましたが、1536年に17歳という若さで亡くなりました。
8. メアリー・フィッツロイ(リッチモンド・サマセット公爵夫人)
同じくエリザベス・ブラウントとの間に生まれたとされる庶子の娘です。ただし、乳幼児のうちに亡くなったといわれています。
9. キャサリン・ケアリー
メアリー・ブーリンとの間に生まれたとされる娘です。ヘンリー8世本人は認知していませんでしたが、王室の宮廷で育ちました。
このように、ヘンリー8世の周囲には早世した兄弟姉妹や複雑な家族関係が多く見られます。こうした家族構成を知ることで、テューダー朝の王位継承や当時の政治的背景がより深く理解できるでしょう。