「アンリ・ジョミニの戦闘戦術への遵守が北軍(Union)のパフォーマンスを妨げた」という見解は、実は正確ではありません。歴史的に検証すると、ジョミニ流の戦術原則に強く縛られていたのは、むしろロバート・E・リー将軍が率いる南軍(Confederate)の方だったのです。
アンリ・ジョミニとは何者か
アンリ・ジョミニ(1779年〜1869年)はスイス出身の軍事理論家で、ナポレオン戦争での従軍経験をもとに『戦争論概要』などを著しました。彼が体系化した「内線作戦」「兵力の集中」「決定的点への攻撃」といった原則は、19世紀の米国陸軍士官学校(ウェストポイント)の教科書に採用され、南北戦争で指揮官を務めた将校の多くに深い影響を与えました。
ジョミニの教義に縛られたのは南軍だった
ロバート・E・リー率いる南軍は、防御的に布陣しつつ決定的な反撃の好機を待ち、内線の利を活かして敵を各個撃破するという、まさにジョミニ的な発想に強く依存していました。この手法はフレデリックスバーグやチャンセラーズヴィルといった初期の戦いで成功を収めましたが、戦争が長期化し北軍の物的優位が圧倒的になるにつれ、柔軟性を欠いた旧来型の戦術は限界を露呈していきました。
北軍は理論からの脱却を進めた
一方の北軍は、ユリシーズ・S・グラントやウィリアム・シャーマンといった指揮官のもとで、限定された戦域思考からの脱却を図り、「敵の経済基盤と国民の意志そのものを攻撃対象とする」という現代的な全面戦争の概念へと移行しました。シャーマンの「海への進軍」はその代表例であり、この転換こそが北軍の最終的な勝利を支えた大きな要因の一つとされています。
まとめ
したがって、ジョミニの戦術遵守が北軍の足かせになったという前提自体が誤りです。むしろ古典的なジョミニ原則への固執はリー将軍の南軍を拘束し、変化する戦争の様相への適応を妨げたことが、南軍の敗因の一つとなったと評価されているのです。