はい、第一次世界大戦後のドイツは、条約上は徹底的な武装解除を課せられました。1919年に調印されたヴェルサイユ条約は、敗戦国となったドイツに対し、極めて厳しい軍備制限を定めていたのです。
ヴェルサイユ条約による主な軍備制限
- 潜水艦の破壊: ドイツが保有するすべての潜水艦(Uボート)の引き渡しおよび破壊が義務付けられました。
- 陸軍の大幅削減: ドイツ陸軍の兵力は10万人までに制限されました。
- 参謀本部の廃止: ドイツ軍の中核的存在であった参謀本部は解散させられました。
- 重装備の禁止: 戦車、重砲、航空機といった攻撃的な兵器の保有・生産・輸入が禁止されました。
- 海軍の制限: 軍艦の規模にも厳しい上限が設けられました。
- ラインラントの非武装化: フランス国境に近いラインラント地方へのドイツ軍の駐留も禁じられました。
しかし、実際には「完全」ではなかった
条文上はここまで徹底した武装解除でしたが、現実の履行は不完全でした。ワイマール共和国の時代から、すでにソ連との軍事協力や国内での秘密裏の再軍備が進められており、ヴェルサイユ条約の制限は次第に形骸化していきました。
1933年にナチス政権が成立すると、アドルフ・ヒトラーは再軍備路線を公然と推し進めます。1935年には徴兵制の復活と空軍(ルフトバッフェ)の創設を宣言し、翌1936年にはラインラントへ軍を再進駐させました。こうして第一次世界大戦後に築かれた武装解除の枠組みは、わずか十数年で崩壊することになったのです。