第一次世界大戦の終結をもたらした休戦協定は、1918年11月11日、連合国(フランス・イギリス・アメリカなど)とドイツとの間で調印されました。この協定は、パリ北方コンピエーニュの森に停められた鉄道車両の中で交わされたことでも有名です。ここでは、休戦協定に盛り込まれた主な条件を一つずつ詳しく見ていきましょう。
第一次世界大戦を終わらせた9つの休戦条件
1. 敵対行為の停止
すべての戦闘行為は、1918年11月11日午前11時に停止されることが定められました。「11月11日の11時」という時刻は、後に各国で「終戦記念日(アーミスティス・デー)」として記念されるようになりました。
2. ドイツ軍の占領地からの撤退
ドイツ軍は15日以内にすべての占領地域から撤退しなければなりませんでした。対象となったのは、ベルギー、フランス、ルクセンブルク、そしてアルザス=ロレーヌ地方です。
3. ラインラントの非武装化
ライン川左岸地域は連合国軍の管理下に置かれ、ドイツはこの地域に軍事力を保持することが禁じられました。後のヴェルサイユ条約では、左岸の連合国による占領が最長15年間続くことも明記されています。
4. 兵器・軍需物資の引き渡し
ドイツは重砲、機関銃、航空機をはじめとする主要な兵器や軍需物資をすべて連合国側に引き渡すことが求められました。これにより、ドイツが戦闘を再開する能力は大幅に削がれることになりました。
5. 捕虜の解放と送還
すべての捕虜が解放され、それぞれの母国へ送還されることが取り決められました。
6. 賠償金の支払い
ドイツは、戦争中に生じた損害に対する賠償金を連合国に支払う義務を負いました。ただし、具体的な賠償額はこの時点では確定しておらず、後のヴェルサイユ条約で正式に決定されることになります。
7. 戦争犯罪人の引き渡し
ドイツは、戦争犯罪人を連合国に引き渡して裁判にかけることが求められました。
8. 皇帝の退位
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は退位しました。実際には、休戦協定の調印に先立つ11月9日に退位が実現しており、これが休戦交渉を進めるうえでの重要な前提となりました。
9. 共和政体の樹立
民主主義の原則に基づく新しいドイツ政府、すなわちワイマール共和国の樹立が確認されました。
厳しい条件の背景と、その後の展開
これらの条件はドイツにとって極めて厳しいものでしたが、その狙いはドイツから再び戦争を起こす力を奪い、戦闘の再開を防ぐことにありました。一方、ドイツ国内ではこの休戦条件への不満が「背後の一撃」という誤った言説と結びつき、後の政治的混乱の一因となったとも指摘されています。
なお、休戦協定はあくまで暫定的な停戦にすぎず、恒久的な平和をもたらすものではありませんでした。1919年6月28日に調印されたヴェルサイユ条約が正式に戦争を終結させ、ドイツに対しては領土の縮小、軍備の制限、莫大な賠償義務といった、さらに厳しい条件が課されることになったのです。