ヨーロッパの歴史

ダンケルクで沈没した船は何隻?ダイナモ作戦における連合軍の損失を解説

第二次世界大戦中のダンケルク撤退作戦(ダイナモ作戦)において、沈没または損傷した連合軍の船舶は300隻以上にのぼります。

300隻以上の艦船が失われた歴史的背景

1940年5月26日から6月4日にかけて行われたダンケルクからの撤退作戦「ダイナモ作戦」では、ドイツ軍に包囲された約33万8000人の連合軍兵士がイギリス海峡を渡って救出されました。しかし、この奇跡的な撤退の裏で、連合軍側は甚大な海上戦力の損失を被ることとなりました。

失われた船の内訳

ダンケルク沖で沈没・損傷した300隻以上の船舶には、以下のような艦船が含まれています。

  • 駆逐艦:イギリス海軍の駆逐艦6隻が沈没し、さらに多数が損傷しました。特にドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)による空襲と、Uボート(潜水艦)や高速魚雷艇(Sボート)の攻撃が大きな脅威となりました。
  • 民間船・小型船:漁船、遊覧船、救命艇など民間から徴用された「小さな船たち」も多くが失われました。これらの船は浅瀬への接近が可能だったため、兵士の救助に重要な役割を果たしました。
  • 輸送船・その他の支援船:兵員輸送や物資補給に従事した各種船舶も、爆撃や砲撃によって次々と失われていきました。

なぜこれほど多くの船が失われたのか

ダンケルクの海岸では、深い港を使えず、兵士たちは浅瀬まで海に入って船に乗り移るしかありませんでした。そのため船舶は長時間同じ海域にとどまることを余儀なくされ、ドイツ軍の絶え間ない空襲や砲撃の格好の標的となりました。加えて、海岸付近の浅瀬では被弾した大型船が座礁しやすく、損害がさらに拡大しました。

まとめ

ダンケルクでの沈没・損傷船は300隻以上であり、これは連合軍にとって大きな痛手となりました。それでも約33万人の兵士を救出できたことは、後の対独反攻の基盤を守る決定的な成果となりました。「奇跡」と呼ばれるこの撤退作戦は、多大な犠牲の上に成り立ったものであったのです。