ヨーロッパの歴史

フランス人権宣言の起草者は誰?制定の背景と経緯を解説

「人間および市民の権利の宣言」(通称:フランス人権宣言)は、フランス革命真っ只中の1789年に誕生した歴史的文書です。この宣言の草案を作成したのは、一人の人物ではなく、当時を代表する複数の政治家・思想家からなる起草委員会でした。

起草委員会の主要メンバー

人権宣言の草案は、以下の4名からなる委員会によってまとめられました。

  • ジャン=ジョゼフ・ムーニエ(Jean-Joseph Mounier):君主立憲制を支持した法律家・政治家
  • オノレ・ガブリエル・リケティ(ミラボー伯爵):卓越した弁舌で知られた革命期の指導者
  • エマニュエル・ジョゼフ・シエイエス:『第三身分とは何か』で名を馳せた政治思想家・聖職者
  • ラファイエット侯爵(Marquis de la Fayette):アメリカ独立戦争にも義勇兵として参加した将軍

特にラファイエット侯爵は、アメリカの独立宣言や各州の権利章典に直接触れた経験を持っており、その影響が宣言の内容にも色濃く反映されたとされています。

憲法制定議会での審議と修正

委員会が提出した当初の草案は、そのまま採択されたわけではありません。1789年8月から11月にかけて、憲法制定議会において活発な討議が行われ、条文ごとに修正が重ねられました。

こうした審議を経て完成した人権宣言は、「人は自由かつ権利において平等に生まれてくる」という理念を掲げ、王権神授説の時代に終止符を打ちました。この文書は近代民主主義と人権思想の出発点となり、後の世界各国の憲法や国際人権規約にも深い影響を与えています。