「ヨーロッパ諸国はなぜイギリスではなく、アメリカの植民地人(愛国者)を支援したのか」という問いに対して、「そのような証拠は存在せず、実際にはヨーロッパ諸国の多くはイギリスの同盟国であり、反乱鎮圧を支援していた」という見解が示されることがあります。
しかし、歴史的事実として検証すると、この説明は実態と大きく異なります。アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)において、ヨーロッパの主要国の多くはむしろ植民地側を支援し、あるいはイギリスと敵対する道を選びました。
フランスによる本格的な支援
最も重要な支援国はフランスです。フランスは1776年頃から秘密裏に武器や資金を供給し、1778年には正式な同盟条約を締結して参戦しました。ラファイエット侯爵のような志願兵も大西洋を渡り、ヨークタウンの決戦ではフランス海軍・陸軍の協力が勝利を決定づけました。フランスが支援した動機は、七年戦争で失った北米での影響力を回復し、宿敵イギリスを弱体化させることにありました。
スペインとオランダの参戦
スペインは1779年にフランスと同盟を結んでイギリスに宣戦布告し、ジブラルタルやフロリダ方面でイギリス軍を脅かして戦力を分散させました。また、オランダ共和国も1780年にイギリスと開戦(第四次英蘭戦争)し、交易面でも植民地側を支えました。
一方で、イギリス側についた国々
ただし、すべてのヨーロッパ諸国が植民地側を支援したわけではありません。ヘッセン=カッセルなどのドイツ諸邦は傭兵部隊(いわゆる「ヘシアン」)をイギリスに提供し、反乱鎮圧に貢献しました。ロシアやプロイセンなどは中立の立場を維持しました。
まとめ
つまり、「ヨーロッパ諸国が植民地側を支援したという証拠はない」という主張は正確とは言えません。フランス、スペイン、オランダといった主要国は明確に植民地側を支援しており、それがアメリカ独立の成否を左右するほど大きな要因となりました。一方で、ドイツ諸邦のようにイギリスを援助した例も存在するため、ヨーロッパ全体の対応は一枚岩ではなかったと理解するのが妥当です。