「ドイツの科学者がアメリカの原爆開発を支援した」という話を目にすることがありますが、これは正確な説明ではありません。実際には、ドイツの科学者たちは米国の原爆開発には協力しておらず、第二次世界大戦中はナチス・ドイツ政府のもとで核兵器研究に取り組んでいました。
戦時中のドイツの核開発計画
ナチス・ドイツでは、物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクらを中心に、「ウランクラブ(Uranverein)」と呼ばれる原子力研究プロジェクトが進められていました。しかし、資源や資金の不足、研究体制の混乱などの要因により、ドイツは実用段階の原子爆弾を完成させるには至りませんでした。
終戦後、米国へ招かれた科学者たち
1945年に戦争が終結すると、米国政府はドイツの優秀な科学者や技術者を自国へ招聘する「ペーパークリップ作戦」を実施しました。ロケット開発で世界的に有名なヴェルナー・フォン・ブラウン博士など、多くのドイツ人研究者がこの作戦によって米国に渡り、宇宙開発や軍事技術など、さまざまな政府プロジェクトに従事することになりました。
まとめ
つまり、ドイツの科学者たちは戦時中はナチス政権のために研究を行い、戦争終結後に米国へ移って初めて米国政府のプロジェクトに関わることになったのです。「米国の原爆開発を支援した」という表現は誤りであり、「戦後に米国の各種プロジェクトへ参加した」と理解するのが歴史的にも正確です。