アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)において、北軍(合衆国)と南軍(南部連合)の双方が、イギリスの中立を極めて重要な問題として捉えていました。当時のイギリスは世界最大の経済大国であり海軍强国でもあったため、その態度が戦争の行方を左右しかねなかったのです。ここでは、両陣営それぞれの立場から、イギリスの中立がなぜそれほど重視されたのかを解説します。
北軍にとってのイギリス中立の意味
北軍にとって、イギリスの中立維持は南軍を経済的に孤立させる有力な手段となりました。イギリスは南軍の主要な貿易相手国の一つだったため、イギリスが中立を保てば、南軍はイギリスの港や市場を利用できなくなります。
これは南部経済に深刻な打撃を与えるはずのものでした。さらに、イギリスが中立の立場を堅持することで、南軍がヨーロッパから必要不可欠な武器や軍需物資を調達する道も遮断されます。つまり、北軍にとってイギリスの中立とは、戦わずして敵を弱体化させられる戦略上の勝利だったのです。
南軍にとってのイギリス中立の重要性
一方、南軍にとってもイギリスの中立は死活的に重要な問題でした。その理由は主に次の三点にまとめられます。
1. 独立承認への期待
南軍は、イギリスが最終的に南部連合を独立国家として承認することを強く期待していました。当時のイギリスは綿花の供給を南部に大きく依存しており、「綿花王」の力を背景にすれば、イギリスは自ずと南軍側に付くはずだという計算がありました。
2. 貿易ルートの確保
南軍の経済は綿花輸出に大きく依存していました。綿花などの商品を海外へ売り渡すためには、イギリスの港や市場へのアクセスが不可欠であり、これが外貨獲得と戦争資金調達の生命線となっていました。
3. 造船能力への依存
南軍は海軍力の構築において、軍艦や商船の建造をイギリスの造船所に頼っていました。実際、有名な装甲艦「CSSアラバマ」などはイギリスで建造されたものであり、海上での通商破壊戦において大きな役割を果たしました。
両陣営の外交攻勢
こうした事情から、南北戦争中、北軍と南軍はどちらもイギリスの支持を取り付けようと多大な努力を払いました。北軍は外交官をロンドンに派遣し、南軍を反乱勢力として扱うよう働きかけました。一方の南軍は、工作員や購買代理人をイギリスに送り込み、武器・弾薬・艦船の調達や、外交的承認の獲得を図りました。
しかし、イギリス政府は国内の世論やカナダ防衛などの地政学的配慮もあり、最終的に公式な介入を回避しました。1863年の「アラバマ号事件」などをめぐる緊張はあったものの、イギリスは終始名目上の中立を維持することになります。
イギリスの中立が戦争の帰結に与えた影響
結局のところ、イギリスの中立は南北戦争の結果を決定づける重大な要因となりました。イギリスからの正式な支援と承認を得られなかった南軍は、綿花外交の限界に直面し、長期にわたる戦いを支える経済基盤を失っていきました。イギリスの支援なしには、南軍が独立のための戦いを最後まで継続することは困難だったといえるでしょう。