ジョー・ケネディは「強盗男爵」だったのか?
結論から述べると、ジョー・ケネディ(ジョセフ・P・ケネディ・シニア)は「強盗男爵(ロバー・バロン)」には分類されません。「強盗男爵」という言葉は、倫理に反する行為や違法とも言える手法によって富を積み上げた富裕な実業家たちを指して使われるものですが、ケネディはそのような人物とは見なされていないからです。
むしろ彼は、成功した実業家・投資家であると同時に、著名な政治家および政府高官でもありました。証券取引委員会(SEC)の初代委員長を務め、のちには駐イギリス合衆国大使にも就任しています。
「強盗男爵」とは何を意味するのか
「強盗男爵」は主に19世紀後半のアメリカにおいて、独占や搾取といった問題のある手段で巨万の富を築いた産業界の大物たちを批判的に呼ぶ際に用いられる言葉です。石油王ロックフェラーや鉄鋼王カーネギーなどが、この言葉と結び付けられて語られることが多い人物として知られています。
実業家・投資家としてのケネディ
ケネディは株式市場、不動産、ハリウッドの映画産業など幅広い分野で活躍し、多大な財産を築き上げた実業家でした。大胆な投資手腕で知られていましたが、いわゆる「強盗男爵」に典型的な非道な蓄財のやり方で名を馳せたわけではありません。
政治家・政府高官としての顔
ケネディのもう一つの重要な側面が、公職での活躍です。フランクリン・ルーズベルト政権下ではSEC(米国証券取引委員会)の初代委員長に任命され、市場の規律確保という重大な任務を担いました。その後、1930年代後半には駐英国大使として外交の舞台にも立ち、息子のジョン・F・ケネディが後に第35代大統領となる、由緒あるケネディ家の礎を築いた人物でもあります。
まとめ
ジョー・ケネディは裕福な実業家であり投資家でしたが、「強盗男爵」と呼ばれる種類の人物ではありません。彼の人生は、ビジネスでの成功と公的な奉仕の両面で特徴づけられており、アメリカの歴史における評価もそのようなものになっています。