対抗宗教改革とは
対抗宗教改革(反宗教改革)は、16世紀半ばに始まったカトリック教会の復興運動です。マルティン・ルターらによるプロテスタント宗教改革への対応として展開され、ヨーロッパ各地で激しい宗教対立が繰り広げられた時代でした。カトリック教会はプロテスタントの拡大を阻止するため、多方面にわたる施策を講じました。
カトリック教会が講じた主な対策
トリエント公会議(1545年~1563年)
プロテスタント宗教改革が提起した神学的な問題に対処するために開催された公会議です。救済のあり方、秘跡(サクラメント)、教皇の権威といった重要な教義についてカトリックの立場を再確認するとともに、聖職者の規律強化など教会内部の改革も進められました。
禁書目録(1559年)
カトリック教会が発行した禁止図書のリストです。異端とみなされた書物や、信仰にとって危険と判断された本が掲載され、信者が読める書籍は厳しく制限されました。この制度は20世紀まで存続しました。
異端審問(インクイジション)
異端思想を調査し、裁くために設置された法廷組織です。特にスペインやローマの異端審問は有名で、プロテスタントの説教者やその他の反対派を弾圧し、その声を封じる手段として機能しました。
イエズス会
1540年にイグナチオ・デ・ロヨラによって創設された修道会で、対抗宗教改革における最大の推進力となりました。イエズス会士は卓越した宣教活動と高等教育機関の運営で知られ、ヨーロッパのみならずアジアや新大陸へもカトリックの信仰を広めました。
対抗宗教改革の成果と影響
以上は、カトリック教会がプロテスタントの拡大を阻止するために講じた対策のほんの一例です。対抗宗教改革は、プロテスタントがさらに多くの国々へ広がるのを防いだという点で一定の成功を収めました。しかし同時に、宗教戦争や迫害といった多大な暴力と紛争を生み出す結果ともなり、ヨーロッパの歴史に深い傷跡を残すことになりました。