フランツ・フェルディナント大公と「私生児」の有無
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であったフランツ・フェルディナント大公(1863年〜1914年)については、私生児が存在したことを示す記録や確かな証拠は残されていません。歴史学の観点から見ても、彼に非嫡出子がいたとする説は確認されていないのが実情です。
妻ゾフィーとの間にもうけた4人の嫡出子
大公は、ボヘミア出身の貴族ゾフィー・ホテク(後のホーエンベルク公爵夫人)との間に、正式な結婚による4人の子供をもうけています。
- ゾフィー王女(1901年〜1990年)
- マクシミリアン公子(1902年〜1962年)
- エルンスト公子(1904年〜1977年)
- エリーザベト王女(1908年〜1989年)
貴賤婚が子供たちに与えた影響
なお、ゾフィーとの結婚は身分違いとして扱われる「貴賤婚(モルガナーティック婚)」でした。このため、4人の子供たちはハプスブルク家の皇位継承権を持たず、「ホーエンベルク」という新しい家名を与えられることになりました。
1914年にサラエヴォで起きた暗殺事件によって大公自身の命は絶たれましたが、その血統は子供たちを通じて今日まで受け継がれています。結論として、フランツ・フェルディナント大公に私生児はおらず、その家族関係は極めて明瞭に記録されているのです。