「外国人嫌悪(クセノフォビア)」とは、外国人に対する恐怖や憎悪を指す現代的な概念です。この用語や認識そのものは古代ローマの時代には存在しなかったため、当時のローマ人に現代と同じ意味での外国人嫌悪があったと単純に断定することはできません。しかし、古代ローマ社会には、外国人や異文化に対する独特の意識をうかがわせる特徴がいくつか見られます。
1. 帝国の拡大と征服
ローマ帝国は軍事征服と領土拡大の上に築かれました。この拡大によって、多様な民族や文化がローマの支配下に置かれることになりました。征服された民はしばしば「被支配者」として扱われ、ローマ人との間に明確な上下関係が生まれました。
2. 奴隷制度
ローマでは奴隷制が広く行われており、多くの奴隷はイタリア以外の征服地からもたらされました。彼らは完全な法的権利や社会的地位を持たない「所有物」あるいは下層の存在として扱われることが多く、これが外部出身者への差別的な構造の一因となりました。
3. ローマ市民と非ローマ人の区別
ローマ市民権は、投票権、公職への就任権、土地所有権といった特権をもたらしました。そのため、帝国内ではローマ市民と非ローマ人の臣民との間に明確な区別が設けられ、身分による格差が存在していました。ただし、西暦212年の「アントニヌス勅令」により帝国内の自由民のほぼすべてに市民権が与えられ、この境界線は時代とともに薄れていきました。
4. 「蛮族」という呼称
ローマ人は非ローマの諸民族を「バルバリ(蛮族)」や「異邦人」と呼びました。この言葉は、ギリシャ語で「理解できない言葉を話す者」を意味する barbaros に由来し、文化的な違いや部外者への劣等視・優越意識が込められていました。
5. 帝国的イデオロギー
ローマ人は自らを他の文化や民族より優れた存在とみなす傾向がありました。この「ローマ至上主義」とも呼べる帝国的イデオロギーは、外国人に対する認識や交流のあり方に大きな影響を与え続けました。
6. 宗教と文化
ローマ人は自らの宗教的伝統、文化、社会制度に強い誇りを持っていました。この誇りは時に排他的な態度へとつながり、他宗教や異文化への警戒心として現れることもありました。キリスト教徒への迫害などは、既存の秩序を脅かす「異質な存在」への反応の一例といえるでしょう。
まとめ:一様ではなかったローマ人の外国人観
重要なのは、すべてのローマ人が外国人嫌悪的な考えを持っていたわけではないという点です。ローマ社会には多様な態度や意見が並存しており、実際、ローマは征服した民族の神々や習慣を積極的に取り入れる寛容さも示しています。また、属州出身のトラヤヌス帝のように、地方出身者が帝位に就いた例もあり、ローマ社会には一定の流動性がありました。
それでもなお、当時の社会構造、政治力学、文化的信念は、ローマ人と非ローマ人の間に一種の区別意識を生み出し、緊張や偏見を引き起こす要因となりました。古代ローマの「外国人嫌悪」とは、現代のような体系的なイデオロギーではなく、帝国の拡大と支配という文脈の中で形成された、複雑で多面的な現象だったといえるでしょう。