ウィルソン大統領の「厳正な中立」政策
第一次世界大戦(1914年〜1918年)が勃発した当初、アメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領は、ドイツ側を支援するどころか、いずれの陣営にも加担しない「厳正な中立」を宣言しました。
1914年8月、ウィルソン大統領は国民に対し、「言葉においても行動においても、交戦国の双方に対して公平であれ」と呼びかける声明を発表し、ヨーロッパの戦争への不介入を貫こうとしました。当時のアメリカにはドイツ系、イギリス系、アイルランド系など多様な出自の人々が暮らしており、国内の分裂を避けたいという思惑も、この中立政策の背景にありました。
中立維持を困難にした出来事
しかし、その後の展開により、中立政策の維持は次第に困難になっていきます。ドイツが無制限潜水艦作戦を展開すると、民間船が攻撃され、アメリカ人市民にも犠牲が出るようになりました。特に1915年の豪華客船ルシタニア号沈没事件は大きな衝撃を与えました。
さらに1917年には、ドイツがメキシコに対し、アメリカとの戦争への参加を持ちかけたことが明らかになった「ツィンメルマン電報事件」が発覚します。これらの出来事を通じて、アメリカ国内の反独感情は一気に高まりました。
連合国側での参戦
こうした経緯を受け、ウィルソン大統領は1917年4月、議会の承認を得てドイツに宣戦布告しました。これにより、アメリカは連合国(イギリス・フランスなど)側として第一次世界大戦に参戦することになったのです。
まとめ
結論として、ウィルソン大統領がドイツを支援しようとした事実はありません。むしろ彼は当初、交戦国の双方に対して中立的な立場を保とうと努め、最終的にはドイツとの戦争という道を選んだのです。