ヨーロッパの歴史

第一次世界大戦参戦前のウィルソン大統領はヨーロッパの交戦国に対してどのような政策を取っていたのか?

第一次世界大戦にアメリカが参戦する以前、ウッドロー・ウィルソン大統領がヨーロッパの交戦国に対して示していた政策は「中立」でした。

ウィルソンは1914年に開戦するとただちにアメリカの中立を宣言しました。その後、両陣営からの圧力が高まり続ける中でも、彼は戦争の大部分の期間にわたってこの中立政策を堅持し続けました。

ウィルソンが中立を維持した理由

  • この紛争の帰結にアメリカは直接的な利害関係を持たないため、公正な立場を保つべきだと考えていたためです。
  • 参戦がアメリカ経済に打撃を与え、暴力のさらなるエスカレートを招くことを懸念していたためです。
  • この戦争は本質的にヨーロッパの帝国主義列強同士の争いであり、アメリカが巻き込まれるべきではないと確信していたためです。

中立政策を揺るがした出来事

しかしながら、戦争が長期化・激化するにつれて、ウィルソンの中立政策を維持することは次第に困難になっていきました。

特に大きな転機となったのは、以下の出来事です。

  • ドイツのUボート(潜水艦)によるアメリカ商船への攻撃:無差別潜水艦作戦により、大西洋上でアメリカ船舶が相次いで攻撃されました。
  • ルシタニア号沈没事件(1915年):ドイツの潜水艦攻撃によりイギリス客船ルシタニア号が沈没し、128名のアメリカ人が犠牲となりました。
  • ツィンメルマン電報(1917年):ドイツがメキシコに対し、アメリカとの戦争への参加を持ちかけた秘密電報が暴露され、アメリカ国民に大きな衝撃を与えました。

これらの出来事は、戦争介入を支持する世論を急速に拡大させる要因となりました。

ついに訪れた参戦の決断

1917年4月、ウィルソン大統領はついに議会に対し、ドイツへの宣戦布告を求めました。その際、彼は「民主主義のための世界を安全なものとする(make the world safe for democracy)」ために、アメリカは戦争に参加しなければならないと訴えたのです。