第二次世界大戦でドイツが侵攻した国は28カ国以上
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツはヨーロッパを中心に北アフリカやソ連領内へと戦線を拡大し、数多くの国や地域へ侵攻・占領を行いました。その総数は少なくとも28カ国(地域)に及ぶとされます。以下では、時系列に沿って各国を整理して見ていきましょう。
開戦前の併合と開戦の引き金(1938年〜1939年)
- オーストリア(1938年3月12日)- 武力衝突をほとんど伴わない「アンシュルス(併合)」
- チェコスロバキア(1939年3月15日)- 事実上無血の占領
- ポーランド(1939年9月1日)- 大戦全体の発端となった侵攻
北欧・西欧への電撃戦(1940年)
- デンマーク(1940年4月9日)
- ノルウェー(1940年4月9日)
- ベルギー(1940年5月10日)
- オランダ(1940年5月10日)
- ルクセンブルク(1940年5月10日)
- フランス(1940年5月10日)- 約6週間で降伏に追い込まれた
バルカン半島とソ連への進攻(1941年)
- ユーゴスラビア(1941年4月6日)
- ギリシャ(1941年4月6日)
- アルバニア(1941年4月7日)
- ソ連領内(1941年6月22日)- バルバロッサ作戦によりロシア、ウクライナ、ベラルーシ、クリミアなどへ進攻
- エストニア(1941年7月7日)
- ラトビア(1941年7月10日)
- リトアニア(1941年7月22日)
北アフリカ戦線(1940年〜1943年)
- リビア- 当時イタリア領。ドイツアフリカ軍団が派遣され、戦線の重要拠点となった
- チュニジア(1942年11月〜1943年5月)- チュニジア戦線の舞台に
- アルジェリア・モロッコ(1942年11月8日)- ヴィシー政権下のフランス領で、連合軍の上陸作戦(トーチ作戦)以降、枢軸軍との攻防の舞台となった
同盟国から占領・交戦へ(1944年)
- ハンガリー(1944年3月19日)- 同盟国だったが、ドイツ軍が実質的に占領
- ルーマニア(1944年8月23日)- 政変で連合国側へ離脱後、ドイツ軍と交戦状態に
- ブルガリア(1944年9月8日)- ソ連の参戦に伴い対独宣戦し、ドイツ軍と交戦
- フィンランド(1944年9月〜)- 対ソ休戦後、撤退するドイツ軍との間でラップランド戦争が発生
リストを読むうえでの注意点
この種のリストには、歴史的な経緯からいくつか留意すべき点があります。
- ウクライナ、ベラルーシ、クリミアなどは当時独立国ではなくソ連の一部でした。バルト三国も1940年にソ連へ併合された直後の時期です。
- 北アフリカの各地域は、ドイツが直接「侵略」したというより、独伊軍と連合軍の主戦場となった地域です。なお、よく混同されますが、エチオピア(1935年)へ侵攻したのはドイツではなくイタリアです。
- ハンガリー、ルーマニア、フィンランドなどは当初ドイツの同盟国であり、戦局の悪化とともに占領や交戦状態へと移行していきました。
まとめ
第二次世界大戦中にドイツが侵攻・占領した国と地域は、少なくとも28カ国に上ります。1939年のポーランド侵攻に始まった戦火は瞬く間にヨーロッパ全土へ広がり、北アフリカやソ連の広大な領土にまで及びました。こうした広範な占領統治は各地でレジスタンス運動を呼び起こし、最終的には連合国の本格的な反攻を経て、1945年5月のドイツ降伏へとつながっていったのです。