シボラの黄金の七都市を求めて
16世紀、スペイン人征服者フランシスコ・バスケス・デ・コロナドは、伝説の「シボラの七都市」を探し求めて北米大陸への大遠征を率いました。金銀財宝に満ちた都市という夢物語は、いかにして生まれ、そしてどのような結末を迎えたのでしょうか。
遠征を支えた4つの動機
1. 先住民から聞いた伝説
メキシコ北部の先住民たちの間に語り継がれていた「黄金に輝く七つの都市」という伝説。スペイン人はこの話に強く惹かれ、その実在を確かめるべく、コロナドに遠征隊の編成を命じました。
2. 富への経済的欲求
当時のスペインは、新大陸から流入する金や銀によって国力を高めていました。シボラの都市には金、銀、宝石といった豊かな資源が眠っていると信じられており、一攫千金を狙う者たちにとって魅力的な標的となっていたのです。
3. 宗教的な使命感
コロナド自身も熱心なカトリック信者であり、カトリック信仰の布教とスペイン王冠のための新領土獲得という二重の使命を担っていました。帝国の拡大と先住民の改宗は、遠征の正当性を支える重要な目的でした。
4. 政治的な野心
さらにこの遠征には、地域におけるスペインの支配力を強化し、フランス勢力の侵入を防ぎ、未知の新大陸を探検するという政治的意図も含まれていました。
シボラの「発見」とその現実
コロナドの一行はアリゾナとニューメキシコを縦断し、ついにズニ族のプエブロ(集落)に到達しました。ここはしばしばシボラの七都市伝説と結び付けられる場所です。当初、スペイン人たちはこここそが伝説の都市の一つだと信じていましたが、実際には壮大な期待を裏切る質素な村々であることが判明しました。
幻滅と遠征の終焉
「七都市」が実は宝物など存在しない先住民の村にすぎないことを悟ったコロナドの遠征隊は、過酷な試練に直面します。地元部族との紛争、厳しい気候、補給不足など、困難は積み重なりました。約2年に及ぶ探検の末、コロナドは伝説の都市が単なる作り話だったと結論づけ、1542年に遠征を終了したのです。
コロナド遠征の歴史的遺産
シボラの七都市探索は期待された結果をもたらしませんでしたが、コロナドの遠征はアメリカ南西部の探検史において大きな足跡を残しました。この遠征は後続の探検隊への道を開き、地域に暮らす多様な先住民文化への理解を深めるきっかけとなったのです。