ヨーロッパの歴史

西暦70年、エルサレムで何が起こったのか?ローマ軍による第二神殿破壊とユダヤ人への影響

西暦70年、ローマ帝国はエルサレムの第二神殿を破壊し、街全体を焼き払いました。この出来事は、ユダヤ属州(ユダヤ)の征服と、ユダヤ民族のディアスポラ(離散)へとつながる歴史の転換点となりました。

西暦70年の出来事とは

西暦66年から続いた第一次ユダヤ・ローマ戦争(ユダヤ大反乱)の決着として、70年にローマ軍はエルサレムに総攻撃を仕掛けました。ティトゥス率いるローマ軍は激しい包囲戦の末、8月にエルサレム市内に突入し、ユダヤ教の信仰とアイデンティティの中心であった第二神殿を完全に破壊しました。この喪失は、ユダヤ人の宗教生活と文化生活に計り知れない打撃を与えました。

ローマ人がユダヤ人に課した結果

1. 第二神殿の破壊

ユダヤ教における最も神聖な礼拝の場であり、民族の象徴でもあった神殿が破壊されました。これにより、神殿を中心とした祭祀体制は失われ、後のラビ的ユダヤ教への転換を余儀なくされました。

2. 包囲戦と飢饉

長期にわたるローマ軍の包囲により、エルサレムでは深刻な食糧不足が発生しました。飢餓と疫病が蔓延し、数千人規模の住民が命を落としました。

3. 大量虐殺と奴隷化

多くのユダヤ人が容赦なく殺害され、さらに大量の人々が奴隷として連れ去られました。包囲戦中およびその後の犠牲者は数十万人に上ると推定されています。

4. ユダヤの都市と町の破壊

ローマ軍はユダヤ全土にわたって、都市や村、要塞を組織的に破壊していきました。エルサレム以外の地域でも、ユダヤ人の生活基盤は徹底的に損なわれました。

5. 民族の離散(ディアスポラ)

ユダヤ属州のコミュニティは崩壊し、多くのユダヤ人がローマ帝国内の各地やその外側の地域へ逃れました。これが、ユダヤ民族の世界的な離散、すなわち「ディアスポラ」の決定的な要因となりました。

6. 土地の喪失

ユダヤ人は土地の多くを奪われ、各地域のユダヤ人コミュニティは抑圧されるか解体されました。故郷での自立的な生活は困難となりました。

7. 反ユダヤ的な政策

ローマ当局はユダヤ人を対象とした差別的な法律や政策を施行しました。宗教行事の制限、社会的権利の縮小、経済活動への規制などが含まれます。

8. 聖典と文化財の破壊

ローマの征服過程で、多くのユダヤ教の文献や文化的遺物が破壊あるいは没収されました。神殿から奪われた宝物は、ローマでの凱旋式で披露されたと伝えられています。

9. 特別課税(ユダヤ税)

ユダヤ人には追加の税金や賦課金が課されました。特に神殿維持のために納めていた税に代わる「ユダヤ税」が設けられ、経済的・社会的負担が一層重くなりました。

まとめ

西暦70年のエルサレム陥落とそれに続くローマの支配は、ユダヤ民族にとって計り知れない影響を及ぼしました。神殿の喪失、民族の離散、土地と権利の剥奪といった結果は、その後数百年にわたり、ユダヤ人の宗教・社会・政治・文化のあり方を根本から形作ることになったのです。