冷戦時代、東ドイツから西側への自由を求める脱出劇は、創意工夫と度胸に満ちたものでした。厳重な監視が敷かれたベルリンの壁を前に、人々は思いもよらない方法で壁を越えようとしました。ここでは、実際に行われた代表的な脱出方法を紹介します。
トンネル掘削
東ドイツ市民や西側の支援者たちは、壁の下に精巧なトンネルを掘り進めました。中でも有名なのが「トンネル57」です。西ドイツの学生たちが掘ったこのトンネルを通じて、数十人の東ドイツ人が西側への脱出に成功しました。
熱気球での飛行
熱気球を使って空から壁を越えた例もあります。特に有名なのは、東ドイツのあるグループが自作した熱気球による脱出劇で、成功を収めた彼らは大きなメディアの注目を集めました。
自作グライダーでの飛行
手製のグライダーで壁の上空を滑空して越境した人もいました。東ドイツの大工が自作したグライダーで壁を越え、西ドイツへの脱出に成功した実例があります。
車両に隠れての越境
自動車やトラック、さらには救急車の中に身を潜め、厳重な検問所をすり抜けようとした人々もいました。トランクや荷台などに隠れて国境を突破する試みは数多く行われました。
川や運河を泳いで渡る
国境となっていた河川や運河を泳いで渡るという大胆な方法を選んだ人もいます。壁沿いを流れるハーフェル川は、脱出者たちが挑んだ水路の一つでした。
ロープや鉤爪を使って登る
ロープ、梯子、鉤爪(グラップリングフック)などを駆使して壁を乗り越えた例もあります。場合によっては、壁の西側にいた支援者がロープを支え、脱出を助けることもありました。
爆薬による爆破
爆発物を使って壁に穴を開けようとした大胆な試みもありました。しかし、この方法は非常に危険で、発見されれば深刻な結果を招く恐れがありました。
隠し区画に身を隠す
自動車やトラック、貨物車両に密かに設けられた隠し区画に潜み、検査をすり抜けて越境する方法も取られました。
変装
国境警備隊の制服や西側の平服に変装し、警備員の目を欺いて紛れ込んだ脱出者もいました。
身分の交換
西側の人間と立場を入れ替わり、身分証や書類を交換して合法的に国境を通過する取り決めが行われたケースもあります。
警備兵への賄賂
国境警備兵に賄賂を渡して通過を認めさせようとした人もいました。ただしこれは非常に危険な手段であり、警備兵に裏切られたり、さらなる金銭を要求されたりするリスクを伴いました。
これらの脱出方法は、自由を求める人々の強い意志と創造力を物語っています。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで、多くの人々が命がけで自由への道を切り開き続けたのです。