ヨーロッパの歴史

ドイツの潜水艦はなぜルシタニア号を撃沈したのか?U-20の魚雷攻撃の真相

ルシタニア号事件の概要

1915年5月7日、第一次世界大戦さなかに、イギリス籍の大型客船ルシタニア号(RMS Lusitania)が、アイルランド南岸沖を航行中にドイツ帝国海軍の潜水海軍の潜水艦U-20(艦長ヴァルター・シュヴィーガー)から発射された魚雷を受けました。船体はわずか18分ほどで沈没し、乗客・乗員約2,000人のうち1,198人が犠牲となりました。犠牲者の中には128人のアメリカ人市民が含まれており、この事件は瞬く間に国際的な大問題へと発展しました。

「証拠がない」という記述の謎

ネット上などでは、「ドイツの潜水艦がルシタニア号を沈没させたという証拠はない。ドイツのU-20が魚雷で撃沈したのだ」という、一見すると矛盾した文章を目にすることがあります。これは言葉遊び的な逆説表現ですが、歴史的事実としては明確です。ルシタニア号を撃沈したのは間違いなくドイツ潜水艦U-20であり、その武器は魚雷でした。つまり「証拠がない」という部分は誤り、あるいは意図的に仕組まれたジョークであると考えられます。

ドイツがルシタニア号を攻撃した理由

1. 無制限潜水艦作戦の宣言

1915年2月、ドイツはイギリス周辺海域を戦争地域と宣言し、警告なしに敵性船舶を攻撃する「無制限潜水艦作戦」を開始しました。この方針のもとでは、連合国側の船舶だけでなく、中立国の船舶であっても攻撃対象になり得る状況でした。

2. 軍需物資を積載していた疑い

ルシタニア号には小銃弾や榴散弾などの軍需物資が積まれていたとされ、ドイツ側は同船を「武装した敵性輸送船」とみなしました。戦後の調査でも、実際に弾薬が積載されていたことが確認されています。

3. ドイツ大使館による警告広告

出航前、ドイツ大使館はアメリカの新紙に「イギリス船への搭乗は自己責任において危険を伴う」という趣旨の警告広告を掲載していました。しかし、多くの乗客はこの警告を深刻に受け止めていませんでした。

事件がもたらした影響

アメリカ人犠牲者が多数出たことで、アメリカ国内の対独世論は急速に硬化しました。この事件は、1917年にアメリカが連合国側として第一次世界大戦に参戦する重要なきっかけの一つとなったとされています。

まとめ

ルシタニア号を沈没させたのは、ドイツ潜水艦U-20による魚雷攻撃です。その背景には、無制限潜水艦作戦の宣言や軍需物資輸送への警戒など、当時の戦争事情が複雑に絡み合っていました。「証拠がない」という記述は誤解を招く表現ですが、事件の核心は「U-20の魚雷による撃沈」という一点に集約されます。