「1941年に米ソが同盟を結んだ」というのは正確な表現ではない
アメリカとソ連(ソビエト連邦)が1941年に同盟を結んで連合国側に加わった、と説明されることがありますが、これは厳密には正確ではありません。実際には、両国はそれぞれ異なるきっかけで、別々の時期に第二次世界大戦へ参戦しました。
ソ連の参戦:1941年6月の独ソ開戦
ソ連は1941年6月22日、ナチス・ドイツによる奇襲攻撃「バルバロッサ作戦」を受けたことで、第二次世界大戦に巻き込まれることになりました。それまで独ソ間で結ばれていた不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ条約)が破棄された形であり、ソ連にとっては宣戦布告を受けて戦争に参加したという経緯です。
アメリカの参戦:1941年12月の真珠湾攻撃
一方、アメリカは当初、ヨーロッパの戦争には直接介入しない立場を取っていました。しかし1941年12月7日、日本軍によるハワイ・真珠湾攻撃を受けたことを機に対日宣戦を行い、ここでようやく第二次世界大戦に正式に参戦しました。その後、ドイツ・イタリアも対米宣戦したため、アメリカは本格的に欧州戦線にも関与することになります。
その後の米ソ関係:正式な同盟ではなく「共通の敵」への協力
こうして同じ敵(枢軸国)を持つことになった両国は、連合国の一員として協力関係を築いていきました。アメリカからソ連への武器や物資の供給を可能にした「レンドリース法」の適用などがその代表例です。
ただし、この関係は正式な軍事同盟条約に基づくものではなく、あくまでナチス・ドイツという共通の敵に対抗するための実利的な協力でした。そのため、戦後は早々に冷戦へと移行し、米ソは対立関係へと転じていくことになります。
まとめ
1941年は、ソ連が6月の独ソ開戦で、アメリカが12月の真珠湾攻撃後に、それぞれ別の理由で第二次世界大戦に参戦した年でした。「同盟を結んだ」というより、「共通の敵の出現によって結果的に同じ陣営に並ぶことになった」と理解するのが歴史の実態に近いと言えます。