第一次世界大戦中のロシアの同盟関係とは
第一次世界大戦(1914年〜1918年)当時、ロシアは三国協商(トリプル・アンタント)と呼ばれる同盟体制の一員でした。この同盟は、ロシア・フランス・イギリスの3か国によって形成されたもので、中央ヨーロッパで勢力を拡大するドイツおよびオーストリア=ハンガリー帝国に対抗するために築かれました。
三国協商が成立した背景
三国協商は1907年に実質的に完成しましたが、その基盤となったのは以下の二国間協定です。
露仏同盟(1892年〜1894年)
フランスとロシアの間で締結された軍事同盟。孤立しがちだった両国が、ドイツの台頭に対抗するために手を結んだものです。
英仏協商(1904年)
イギリスとフランスが植民地問題などをめぐる対立を解消し、友好関係を築いた協商(協調)です。
英露協商(1907年)
中央アジアやアフガニスタンをめぐる英露間の対立が整理され、イギリスとロシアも協調路線に転換しました。これにより三国協商が完成しました。
同盟の目的:欧州のパワーバランス維持
三国協商の最大の目的は、急速に軍事力と経済力を強めていたドイツ帝国、そしてその盟友であるオーストリア=ハンガリー帝国に対抗し、ヨーロッパにおける勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を維持することにありました。
一方、ドイツ・オーストリア=ハンガリーを中心とする側は「同盟国(中央同盟国)」と呼ばれ、後にオスマン帝国やブルガリアも加わりました。こうして欧州は二大陣営に分かれ、1914年のサライェヴォ事件をきっかけに第一次世界大戦が勃発することとなります。
まとめ
第一次世界大戦中、ロシアはフランス・イギリスとともに三国協商を構成し、ドイツとオーストリア=ハンガリーの伸長を牽制する立場にありました。しかし、1917年のロシア革命により帝政が崩壊し、ロシアは戦争から離脱していくことになります。