結論:明確な「廃止日」は存在しない
イギリス(イングランド)における農奴制の廃止については、特定の一日を指す公式な廃止日が存在しません。農奴制という法的身分は、中世ヨーロッパ全域において、ある日突然廃止されたのではなく、数世紀にわたって徐々に侵食され、自然に崩壊していったのです。
農奴制衰退の起点となった憲章たち
農奴制の衰退の流れは、1215年にイングランドで制定されたマグナ・カルタ(大憲章)や、1356年にハンガリーで発布された黄金の勅令など、各地で交わされた様々な憲章・特許状に端を発するとされます。これらの文書は、君主の権力を制限し、臣下の権利を認める方向へと社会を動かす重要な契機となりました。
イングランドでの実際の消滅過程
イングランドでは、14世紀半ばのペスト(黒死病)の大流行によって労働力が極度に不足し、農奴たちは賃金や待遇の改善を求める交渉力を持つようになりました。さらに1381年のワット・タイラーの乱(農民反乱)は、農奴制への批判を一層強める転換点となりました。
こうした社会的変動の中で、15世紀頃までには、イングランドにおける農奴制は実質的に消滅したと考えられています。かつての農奴とその子孫は、次第に自由な小作農や独立自営農民(ヨーマン)へと移行していきました。
ヨーロッパ各国との比較
一方、フランスでは農奴制的な制度の残滓が、1789年のフランス革命の開始まで残っていました。つまり、西ヨーロッパにおける農奴制の終焉は、イングランドの15世紀頃からフランスの18世紀末まで、国によって大きく時期が異なるのです。
まとめ
イギリスの農奴制廃止に「いつ」という単一の日付はありませんが、マグナ・カルタ以降の法的变化、黒死病による社会構造の変動、そして農民反乱といった要因が重なり、15世紀頃までに実質的に姿を消したと言えます。