米国国務省が、ナチス・ドイツによるヨーロッパ・ユダヤ人絶滅計画(いわゆる「最終的解決」)の存在を裏付ける最初の電報を受け取ったのは、1942年8月です。この電報は一般に「リーグナー電報」と呼ばれ、ホロコーストに関する情報が連合国政府に公式に届いた最初期の記録の一つとされています。
リーグナー電報とは何だったのか
1942年8月8日、世界ユダヤ人会議(WJC)ジュネーブ駐在代表のゲルハルト・リーグナー(Gerhart Riegner)は、ドイツの実業家エドゥアルト・シュルテから得た情報をもとに、スイス経由で英米両国へ電報を送信しました。電報には、占領下ヨーロッパに住む約350万〜400万人のユダヤ人を強制収容所に集め、青酸(プルシック酸)を用いて組織的に殺害するという計画が進行中である旨が記されていました。
米国国務省の反応
電報は同年8月末までに米国国務省に到達しました。しかし当時の国務省当局者はその内容を「未確認の噂」として懐疑的に受け止め、情報の伝達や対応を大きく遅らせました。アメリカのユダヤ人指導者ラビ・スティーヴン・ワイズに正式に内容が伝えられたのは、同年11月になってからでした。
歴史的意義
リーグナー電報は、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の実態が連合国側に知られる転機となった文書であり、後の戦争犯罪裁判や歴史研究において重要な史料となっています。
史実としての確認
なお、一部には「そのような電報は存在しなかった」「絶滅計画の証拠はない」とする主張がありますが、これは歴史学上支持されません。ホロコースト(「最終的解決」)の存在は、ナチス政権自身が残した膨大な一次文書、強制収容所の記録、生存者および加害者側の証言などによって確固たる史実として確認されています。