問題:ロシア革命当時、真実ではなかったのは?
次の選択肢のうち、ロシア革命当時のロシア帝国について正しくなかったものを一つ選んでください。
- ロシア帝国は世界の主要な大国の一つであった。
- ロシア帝国は立憲君主国であった。
- ロシア帝国は強力な経済力を持っていた。
- ロシア帝国は急速な工業化の時期を経験していた。
- ロシア帝国はドイツおよびオーストリア=ハンガリーと戦争状態にあった。
解説
正解:「2. ロシア帝国は立憲君主国であった」
ロシア革命当時、ロシア帝国は立憲君主国ではありませんでした。実際には、皇帝(ツァーリ)が事実上無制限の権力を握る絶対君主国(専制国家)でした。皇帝は立法・行政・軍事のすべてにおいて最高決定権を持ち、国民の意思を反映した統治は行われていなかったのです。
補足:立憲君主制への動きとその限界
1905年の「血の日曜日事件」をきっかけとした1905年革命の後、皇帝ニコライ2世は「十月宣言」を発布し、国会(ドゥーマ)の設置や基本法的自由の承認など、形式的な立憲君主制への移行が図られました。しかし、皇帝はドゥーマの解散権や法案拒否権を保持しており、実質的な権力は依然として皇帝の手に残っていました。そのため、ロシアは名目上の変化にとどまり、専制的な支配体制が続いていたといえます。
ロシア革命への流れ
第一次世界大戦中の疲弊、経済危機、食糧不足などが民衆の不満を募らせ、1917年3月(旧暦2月)の二月革命によって帝政は崩壊しました。その後、同年11月(旧暦10月)の十月革命によりボリシェヴィキが政権を掌握し、世界初の社会主義国家が誕生することとなります。