ヨーロッパの歴史

ローマ以前のルーマニアは何と呼ばれていた?古代ダキアの歴史を解説

現在のルーマニアにあたる地域は、ローマ帝国が征服する前、「ダキア(Dacia)」と呼ばれていました。この名称は、後に国名となる「ルーマニア」が登場するよりもはるかに古い歴史を持っています。

「ダキア」という名称の起源

「ダキア」という名前を最初に使用したのはギリシャ人でした。紀元前5世紀頃、ギリシャ人はトラキア系民族の一つであるダキア人が居住していた地域を指して、この名称を用い始めたとされています。

ダキア人は当時、カルパチア山脈周辺の肥沃な土地で農耕や牧畜を行い、独自の文化を築いていました。彼らは金属加工技術にも優れ、特に金や銀の採掘で知られていました。

ローマ帝国による征服とダキア属州の誕生

西暦106年、ローマ皇帝トラヤヌスはダキア王国を征服し、この地域をローマ帝国のダキア属州として組み込みました。これにより、ダキアは帝国内で重要な鉱物資源の供給地となりました。

ダキア属州の領域には、現在の以下の地域が含まれていました。

  • ルーマニアの一部
  • モルドバの一部
  • ウクライナの一部

ローマ化と「ルーマニア」への道

ローマの支配下で、ダキアではラテン語が普及し、現地の文化とローマ文化が融合していきました。このローマ化こそが、後の「ルーマニア(Romania=ローマ人の国)」という国名の由来となったのです。

つまり、ルーマニアという国名自体が、かつてダキアと呼ばれたこの土地がローマ帝国の一部であった歴史を今に伝えていると言えるでしょう。