はじめに
17世紀半ば、オリバー・クロムウェル率いるイングランド軍によるアイルランド征服(1649年〜1653年)は、アイルランドの歴史に深い傷跡を残す出来事となりました。彼の遠征中に行われた数々の行為は、アイルランド人たちに計り知れない怒りと恨みを抱かせることになりました。以下、その主な行為を詳しく見ていきましょう。
1. ドロヘダ包囲戦:無差別な虐殺
1649年9月、クロムウェル軍はアイルランド東部の町ドロヘダを包囲し、陥落させました。町が陥落すると、クロムウェルの兵士たちは容赦のない虐殺を行い、女性や子どもを含む数千人の一般市民が犠牲になりました。この虐殺は、クロムウェルのアイルランド征服における最も悪名高い事件の一つとして記憶されています。
2. ウェックスフォード包囲戦:続く残虐行為
ドロヘダでの虐殺から間もなく、クロムウェル軍はウェックスフォードへと進軍しました。守備隊に対して降伏後の安全(慈悲)を約束していたにもかかわらず、町を占領した後、再び虐殺が行われたのです。この背信的な行為は、アイルランド人たちのイングランドへの不信感をさらに深めました。
3. クロムウェル植民:土地の没収
アイルランド戦争の結果として、クロムウェルはアイルランド・カトリック教徒から土地を没収し、イングランドのプロテスタント入植者へと移転させる政策を実施しました。この一連の過程は「クロムウェル植民(Cromwellian Settlement)」として知られ、多くのアイルランド地主が土地を奪われ、故郷を追われることになりました。
4. 刑罰法:宗教的迫害
クロムウェルは「刑罰法(Penal Laws)」として知られる一連の法律を導入し、アイルランドのカトリック教徒を厳しく差別しました。これらの法律は、カトリックの宗教行事、教育、財産権などを制限するものであり、長期にわたる宗教的抑圧の時代をもたらしました。
5. 強制移住(トランスプランテーション)
クロムウェルの統治下では、何千人ものアイルランド・カトリック教徒が、アイルランドの特定地域から自宅を追われ、他の地域へと強制的に移住させられました。移住先はしばしば過酷で住みにくい環境であり、この過程は「移植政策(transplantation)」として知られています。
6. アイルランド文化の破壊
クロムウェルの遠征は、アイルランドの政治的・宗教的な構造に影響を与えただけでなく、アイルランド文化そのものの抑圧も目指していました。ゲール語の習慣、言語、伝統は積極的に排除され、多くの歴史的・文化的遺物が破壊されました。
まとめ
これらの行為は総称して「クロムウェルの残虐行為」あるいは「クロムウェルのアイルランド征服」と呼ばれ、アイルランド人の心に永続的な傷を残しました。その影響は世代を超えて受け継がれ、アイルランドとイングランド(イギリス)の間の複雑な歴史と緊張関係の一因となったのです。