英軍史上最悪の一日となった1916年7月1日
第一次世界大戦中の1916年7月1日、フランス北部で「ソンムの戦い」が幕を開けました。この初日は、イギリス陸軍の歴史において最も多くの犠牲者を出した一日として、今もなお深く記憶されています。
わずか一日のうちに、57,470人を超えるイギリス兵が戦死・負傷・行方不明となりました。そのうち約19,000人が命を落とし、残りの大半が重軽傷を負ったとされています。夜明けとともに始まった突撃は、ドイツ軍の頑強な防御陣地の前で大きな被害を受けることになりました。
過去の戦争の合計を上回る損害
この初日の損害は、それまでのイギリスが経験した主要な戦争の犠牲者数をはるかに上回るものでした。具体的には、以下の三つの戦役で受けた犠牲者の合計よりも多かったのです。
- クリミア戦争(1853年〜1856年)
- ボーア戦争(1899年〜1902年)
- ガリポリの戦い(1915年〜1916年)
つまり、たった一日の戦闘が、数年に及ぶ複数の戦争の犠牲者総数を超えたことになります。この事実は、第一次世界大戦における塹壕戦の凄惨さと、当時の軍事戦術の限界を象徴する出来事として語り継がれています。
ソンムの戦いとはどのような戦いだったのか
ソンムの戦い自体は同年11月まで続く大規模な攻勢でしたが、初日の惨禍は特に有名です。この戦いでは戦車が初めて実戦投入されるなど、戦争の様式が大きく変わりつつある時期でもありました。しかし、その技術革新の裏側で、無数の若い兵士たちが命を失ったのです。