1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦(Dデイ)において、オマハビーチはアメリカ軍が上陸した5つの海岸の中で最も激しい戦闘が行われた場所として知られています。ここでは、ドイツ軍側の死傷者数について、当時の記録や歴史家の研究に基づいて解説します。
オマハビーチを防衛したドイツ軍
オマハビーチの防衛を担当していたのは、ドイツ軍第352歩兵師団です。同師団は「大西洋の壁(アトランティック・ウォール)」の一部として、第916擲弾兵連隊などを中心に海岸線一帯に配備されていました。連合軍は当初、この地域の防衛が比較的脆弱であると想定していましたが、実際には実戦経験のある部隊が配置されており、上陸作戦は予想を大きく上回る苦戦となりました。
ドイツ軍の死傷者数の推定
オマハビーチにおけるドイツ軍の正確な死傷者数は、戦場の混乱や記録の散逸により確定が困難ですが、歴史家たちの研究によれば、1944年6月6日当日だけで約1,200人前後(戦死者・負傷者・行方不明者を含む)と推定されています。
ただし、この数字はあくまで推定値であり、資料によっては数百人から1,200人程度まで幅があります。一日の戦闘が終わる頃には、生き残ったドイツ兵の多くが捕虜となるか、内陸への撤退を余儀なくされました。
アメリカ軍との損害比較
参考までに、同じ日にオマハビーチで被ったアメリカ軍の損害は約2,400人(戦死・負傷・行方不明・捕虜を含む)に上りました。この甚大な犠牲から、オマハビーチは「血まみれオマハ(Bloody Omaha)」と呼ばれています。ドイツ軍は塹壕やコンクリート製トーチカから頑強に抵抗しましたが、艦砲射撃と航空支援を受けた連合軍の圧倒的な物量の前に、防衛線は午後までに次々と突破されていきました。
まとめ
オマハビーチにおけるドイツ軍の死傷者数は、記録の制約から正確な把握は難しいものの、当日のみでおよそ1,200人前後と推定されています。ノルマンディー上陸作戦全体を通じた両軍の犠牲の大きさは、第二次世界大戦の大きな転換点となったこの作戦の苛烈さを、今日にまで伝え続けています。