ヨシフ・スターリンがソ連における絶対的な権力を確立したのは、1920年代後半、とりわけ1929年頃とされています。この年、最大の政敵だったレフ・トロツキーがソ連から国外追放され、スターリンによる事実上の一極支配体制が完成しました。
1922年:共産党書記長への就任
スターリンの権力への足掛かりとなったのは、1922年4月にソ連共産党の書記長(総書記)に就任したことです。当時、この役職は党務の日常的な管理を担う地味なポストとみなされていましたが、スターリンは党幹部の人事権を握ることで、党組織内に自らの影響力を着実に広げていきました。
レーニンの死後に始まった権力闘争
1924年のウラジーミル・レーニンの死去を受けて、後継者の座をめぐる激烈な権力闘争が展開されます。スターリンは「一国社会主義」路線を掲げて支持を拡大し、一時はカーメネフやジノヴィエフと手を組みながらも、最終的にはトロツキー率いる左翼反対派を撃破していきました。
1929年:最高指導者としての地位を確立
1929年、トロツキーが国外へ追放されると、党内の主要な反対勢力はほぼ排除されました。同じ年、スターリンは農業集団化と第一次五カ年計画による急速な工業化を本格的に開始し、名実ともにソ連の最高指導者として君臨することになります。
その後もスターリンは1930年代の大粛清を通じて権力基盤をさらに強化し、1953年に死去するまで約四半世紀にわたり、ソ連を強烈な個人支配のもとに置き続けたのです。