古代の歴史

古代ギリシャ人はどのように遠距離通信システムを発明したのか?「ポリュビオスの正方形」の誕生秘話

暗号の歴史は、人類の言語の歴史とほぼ同じくらい古いものです。古代エジプト、中国、インド、そしてギリシャでは、すでに高度なメッセージ暗号化の手法が使われていたことが、現存する文献の断片からも確認できます。

スパルタの暗号道具「スキュタレー」

一般に軍事分野と結びつけられるメッセージ送信の必要性は、専用の道具の開発をも促しました。その代表例が、スパルタの監察官(エフォロイ)が用いた「スキュタレー」です。これは太さがほぼ同じ2本の棒から成り、送り手と受け手がそれぞれ1本ずつ所持していました。革の帯を棒に巻き付け、その上にメッセージを書き込みます。受け手側は、同じ太さの棒に帯を巻き直してはじめて、初めて文章を読むことができたのです。

古代ギリシャ人はどのように遠距離通信システムを発明したのか?「ポリュビオスの正方形」の誕生秘話

存在ごと隠す「ステガノグラフィー」

さらに、メッセージの存在そのものを隠す「ステガノグラフィー」が使われていた証言も残されています。歴史家ヘロドトスが、その具体的な事例を詳しく記録しています。

最速の手段は狼煙と炎

しかし、メッセージや警告を素早く伝えなければならない場面では、選択肢は限られていました。最も即時性があったのは、狼煙(のろし)と火の信号です。「狼煙」と聞くと西部劇に登場するアメリカ先住民を思い浮かべがちですが、実際にはこの方法は数千年前から中国やギリシャなど各地で使われてきました。そして現代でも、ローマ教皇を選ぶコンクラーヴェにおける黒煙・白煙の合図として、その伝統は受け継がれています。

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ただし、ここに大きな課題がありました。煙や火の信号で伝えられるのは、送り手と受け手が事前に取り決めたメッセージだけだったのです。つまり、双方が信号の種類と意味をあらかじめ共有している必要があります。臨時の内容を伝えたくても、受け手が解読できないため、どうにもなりませんでした。

クレオクセノスとデモクリトスの発明

この難題をギリシャ人が解決していたことは、クレオクセノスとデモクリトスという二人の人物の発明によって示されています。訳によっては「クレオクセネス」「デモディトス」と表記されることもあります。彼らについては、紀元前3世紀に活躍した歴史家であること以外、ほとんど何もわかっていません。前者は現在失われた『ペルシア史』を著したと伝えられます。ポリュビオスは、この二人を、煙や火の信号でギリシャ文字を伝達する電信的通信システムの発明者として言及しています。

古代ギリシャ人はどのように遠距離通信システムを発明したのか?「ポリュビオスの正方形」の誕生秘話

もちろんポリュビオスは、自分自身がこれを改良したとも付け加えています。明言こそされていませんが、その改良の着想は、彼自身が目撃したヌマンティア包囲戦の際に得られた可能性が高いでしょう。

仕組み:表の座標で文字を表現する

この方法は、アルファベットの各文字を、表の中の数値座標で符号化するというものです。すべての文字は、縦軸と横軸の位置に対応する2つの数字で表されます。ボードゲーム「海戦ゲーム」などを遊んだことのある人なら、誰でも馴染みのある極めてシンプルな仕組みです。しかし当時においては斬新であり、革命的と呼んでも過言ではない発想でした。

古代ギリシャ人はどのように遠距離通信システムを発明したのか?「ポリュビオスの正方形」の誕生秘話

ポリュビオスの改良──「ポリュビオスの正方形」の完成

紀元前134年頃に行われたこのギリシャの歴史家による改良の核心は、松明(たいまつ)の点灯回数を規則化して文字を伝達できるようにした点にあります。この改良によって、このシステムは今日「ポリュビオスの正方形」として知られるようになりました。

こうして、どんなに即興的で緊急なメッセージでも、事前に取り決めた通知だけでなく、自由に送信できるようになったのです。ただし、広く普及すれば、方式を知っている者なら誰でもメッセージを解読できてしまうという弱点も抱えていました。この欠点こそが、後に本格的な暗号術の発展を促すことになります。しかしそれはまた別の話。重要なのは、人類史上初めて、あらゆる即興のメッセージを遠隔地へ即時に伝達できるようになったという点です。

古代ギリシャ人はどのように遠距離通信システムを発明したのか?「ポリュビオスの正方形」の誕生秘話

そう考えると、ローマ軍にはこうした通信任務を専門とする兵士が存在したと推測するのも不自然ではありません。いずれにせよ「ポリュビオスの正方形」は、暗号方式と組み合わせることで、あらゆる軍事組織や地下組織に広く活用されることになります。その使用者の中には、なんとソ連のKGB(国家保安委員会)さえ含まれていたのです。