古代の歴史

中世医学の十大進歩――「暗黒時代」と呼ばれた時代の驚くべき医療革新

中世に対して一般の人々が抱くイメージは、多くの災厄に見舞われた「暗黒の時代」であり、人々は無学で、古代が築き上げた医学の進歩さえ大きく後退した時代だというものです。しかし、これは中世を歴史上の他の時代より劣った位置に置く先入観にすぎません。詳細に分析してみると、今日でも通用する医学の多くの成果が、実は中世に誕生していたのです。ここでは中世における医学の十大進歩をご紹介します。

1. 病院

西暦4世紀、患者が専門的な設備を備えた医師による治療を受けられる場所としての「病院」という概念は、ローマ帝国の一部地域でまだ萌芽期にありました。

その後、西方では修道院が、旅人や通りすがりの者、貧しい人々に奉仕する最初の病院の拠点となりました。一方、東方のアラブ世界では8世紀に病院が登場し、そこには専門分野ごとに区分され、それぞれ異なる区域で診療に当たる多数の医師が従事していました。

2. 薬局

最初の薬局は、754年にアッバース朝カリフの首都バグダッドで一般向けに開業しました。ここでは医師の処方箋に基づき、調剤師が調合した薬剤や治療薬が提供されていました。
12世紀にはヨーロッパへ伝わり、以後、薬剤師は都市における代表的な専門職の一つとなっていったのです。

3. 眼鏡

視力の問題を矯正することを可能にした光学器具である眼鏡の発明者が誰なのかは分かっていませんが、13世紀末にはイタリアですでに広く知られていました。1305年、ピサのジョルダーノは説教の中で、約20年前の眼鏡の発明について言及しています。さらに1352年には、トンマーゾ・ダ・モデナのフレスコ画に、プロヴァンスのウーゴ枢機卿が眼鏡を掛けた姿が描かれており、これが眼鏡を着用した人物の最古の表現とされています。

4. 解剖学と解剖

中世の医師たちは、人体の解剖学について深い知識を持っていました。1315年、イタリアの医師モンディーノ・デ・リウッツィは、学生たちや見学を希望する傍聴者の前で公開解剖を実施しました。

その翌年、彼は『Anathomia corporis humani(人体解剖論)』を著します。これは現存する最古の解剖学・解剖の手引書とされているのです。

5. 大学での医学教育

ヨーロッパにおける大学の隆盛は、医学の実践に重要な変化をもたらしました。医師たちはこれらの教育機関で訓練を受け、大学は次第に医学知識の中心的な場となっていきました。1231年には、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世によって医学教育の基準に関する最初の法令が公布され、これは医学の未来と医師の専門職化にとっての出発点となりました。

6. 眼科学と光学

11世紀の科学者イブン・アル・ハイサムは、光学と眼球の解剖に関する研究を通じて、視覚に関する全く新しい説明を打ち立てました。その成果は『光学書』にまとめられ、数世紀にわたりこの分野で最も重要な研究書となりました。

アラブの医師たちは眼科学の進歩において先駆者的な存在でした。その一例が、人間の目から白内障を摘出するための世界初の吸引器の発明です。

7. 傷の洗浄

古代の一部の医学著述家たちは、手術の際に傷口にある程度の膿を残しておくべきだと考えていました。それが治癒を助けるという信念によるものでした。しかし、13世紀の外科医テオドリコ・ボルゴニョーニは、消毒法を考案しました。

それは、ワインに浸したガーゼで傷を洗浄し、その後縫合することで治癒を早めるという方法でした。さらに彼は、外科手術における麻酔の先駆者でもありました。阿片(ケシ)、マンドラゴラ、ドクニンジンを浸したスポンジを患者の鼻の下に置くことで、患者を意識不明の状態にしたのです。

8. 帝王切開

中世にも帝王切開は行われていましたが、それは母親がすでに死亡しているか、生存の見込みがないことが確認された後に限られており、胎児も死亡していたケースさえありました。

母体と子どもの双方が帝王切開を経て生き延びた最初の記録が現れるのは、1500年頃のことです。スイスの農夫ヤコブ・ヌーファーが、自らの妻に対してこの手術を行ったものでした。この女性はその後、双子を含む5人の子どもを出産し、帝王切開で生まれた子どもは77歳まで生きたと伝えられています。

9. 検疫

黒死病(ペスト)の襲来を受けて、病気の蔓延を防ぐため、特定の患者集団を他の人々から隔離することが始まりました。

1377年、現在のクロアチアのドゥブロヴニクにあたるラグーサでは、ペスト対策として、船は乗客が上陸できるまで30日間港に停泊しなければならないという命令が何度も出されました。
陸路で移動する旅行者の場合、この期間は40日間に延長されました。イタリア語で40日を意味する「quaranta(クアランタ)」が、「検疫(quarantine)」という言葉の語源です。これらの措置は大きな成功を収め、その後イタリアおよびヨーロッパ各地で採用されることになりました。

10. 歯科アマルガム

歯科アマルガム(歯の詰め物に使う合金)は、中世の中国に由来します。659年の文献には、銀と錫を主成分とするこの物質が、歯の充填材として初めて使用されたことが詳しく記録されています。この技術がヨーロッパで用いられるようになったのは、16世紀になってからのことでした。