永遠に何かをし続けることを課された人物や存在をめぐる神話は、世界にいくつも存在します。記憶をたどれば、ゼウスによって丘の頂上まで巨大な岩を押し上げるよう命じられ、頂上に達した瞬間に岩が転がり落ち、また最初からやり直さねばならなかったシーシュポスの姿が浮かびます。あるいは、悪魔と契約して難波だけは免れた代わりに、神罰として永遠に海をさまよい、二度と陸に触れることが許されなくなった幽霊船フライング・ダッチマンの伝説もあるでしょう。
このフライング・ダッチマンの話は、本記事にとってうってつけです。というのも、米海軍には生涯を通じて哨戒任務を続け、母港へ戻らない潜水艦たちが実在するからです。一体どういうことなのでしょうか。
呪いではなく、名誉ある追悼
まず明確にしておきたいのは、前述の神話とは根本的に異なる点があるということです。ここには呪いも容赦ない判決もなく、むしろその正反対――乗組員たちの記憶を称える美しい方法があります。記憶、そう、これは実際には、任務から戻らなかったものの、その最期が不明のままになっている潜水艦を指しているのです。
彼らが敵に撃沈されたか、あるいは何らかの事故で悲劇的な最期を遂げて、海底で永遠に眠っていることはほぼ間違いありません。しかし、それが確かめられないため、「今も哨戒中(Still on Patrol)」とみなすという慣習が採用されたのです。

現役の兵士たちは、仲間を置き去りにすることなど考えもしません。戦場で誰一人見場で誰一人見捨てないのは軍隊共通の理念であり、部隊にとって屈辱とされるからでもあります。実際、訓練や演習では、負傷者を背負って撤退する訓練まで行われます。
ところが、海上ではこれが不可能です。特に潜水艦は通常、単独で作戦行動を取る――だからこそ「一匹狼」とあだ名される――ため、自らの位置を悟られないよう沈黙を守らなければなりません。
奇跡的に救出された2つの事例
一方、沈没場所が特定できる潜水艦については、大掛かりな救助活動が組織されることがあります。成功する場合もあれば、失敗に終わる場合もあります。米海軍には有名な2つの事例があります。
1つ目は1927年の出来事です。S-4がマサチューセッツ州沖ケープコッド付近で沿岸警備隊の駆逐艦と衝突して沈没し、艦内の数名の乗員は3日間にわたり海底で生存していましたが、ついに救い出すことはできませんでした。
もう1つは1939年、試験潜航中に浸水したUSSスクアラス(USS Squalus)のケースです。ニューハンプシャー州沖の水深74メートルに沈みましたが、59人の乗組員のうち33人が奇跡的に救出されました。ただし、どちらも沿岸近くでの平時の事故でした。戦時下ともなれば、状況は一変します。

クリスマスに送られる、届かぬ電波
そのため、跡形もなく消えた潜水艦には前述の「今も哨戒中」の地位が与えられ、毎年クリスマスの時期が来ると、陸上の通信担当者たちが無線でお祝いのメッセージを送ります。その電波が受信者に届くことは決してないと分かっていても、です。
時には、数年あるいは数十年の時を経て、彼らが眠る残骸が発見されることもあります。その時点で初めて、その潜水艦は別のカテゴリーへと移されるのです。
航空機にも受け継がれる伝統
ちなみに、同じことは軍用機にも当てはまります。通常は発見が容易ですが、時には永遠に消息を絶つこともあります。例えば、1945年に嵐の中をカリブ海上空で飛行中に行方不明となったTBMアベンジャー雷撃機5機です。この事件は世間的には有名な――そして後に否定された――バミューダトライアングルの仕業とされましたが、技術調査報告書の結論によれば、指揮官が嵐の中で方向感覚を失い、僚機を洋上へと導いたまま燃料を使い果たしたのだといいます。公式には、彼らも今なおStill on Patrolなのです。

損失数で突出する潜水艦
潜水艦に話を戻しましょう。損失数で最も多いのがこの兵器であり、そのリストは壮観です。敵との戦闘で撃沈された艦、味方からの誤射(あるいは自軍による攻撃)を受けた艦、衝突で遭難した艦、深海の水圧に耐えきれなかった艦、事故で座礁した艦などが含まれます。
第一次世界大戦中の喪失は2隻、戦間期には9隻でした。そして第二次世界大戦ではその数字は劇的に52隻へと跳ね上がり、潜水艦は死傷率で最も高い兵器となりました。乗組員の5人に1人が命を落としたのです。終戦後には、さらに4隻がこのリストに加わっています。
余談として、20世紀以前の2隻も付け加えておきましょう。1776年、独立戦争中にイギリス船への攻撃を試みてニュージャージー州沖で沈んだタートル(Turtle)。そして1862年、南北戦争中に嵐の中で曳航中に沈んだアリゲーター(Alligator)です。また、北軍の艦船を撃破した後――史上初めて潜水艦の犠牲となった艦――1865年に行方不明となったH.L.ハンリーの残骸は、2000年にようやく発見されました。

「今も哨戒中」の潜水艦たち
現在も「哨戒中」とされている潜水艦は複数あり、すべて太平洋戦線で日本軍と戦った際の喪失です。もちろん、リストは採用する基準によって変動することに留意が必要です。失踪の原因が推定される艦を含めるものもあれば、理由もなく忽然と姿を消した艦のみに限定するものもあります。後者の仮説では、機雷に触れたか、体当たりを受けた可能性が高いとされます。

いずれにせよ、運命が完全に不明な艦は以下の通りです。
- ケープリン(Capelin)――セレベス海
- スクール(School)――黄海
- グレイリング(Grayling)――フィリピン・リンガエン湾
- グラウラー(Growler)――フィリピン
- ガジョン(Gudgeon)――硫黄島
- ケット(Kete)――琉球諸島
- ポンパノ(Pompano)――本州沖
- R-12――フロリダ州キーウェスト沖
- ランナー(Runner)――北海道沖
- スコーピオン(Scorpion)――東シナ海
- シャーク(Shark)――モルッカ海
- ヌーク(Snook)――南シナ海
- ソードフィッシュ(Swordfish)――琉球諸島
実際には、これ以外にも含め得る艦があるかもしれません。添付の写真にある銘板はフィラデルフィアのインディペンデンス・シーポート博物館に展示されており、それを見れば一目瞭然です。
銘板から外されることになった2つの名前
その記念碑は、そろそろ手入れが必要となるでしょう。すでに2つの名前を削除できるからです。2019年、バラバク島付近でUSSロバロ(USS Robalo)の残骸が発見されました。興味深いことに、同艦の乗組員4人は当初生き延びたものの、その状況が外部に知られることなく捕虜として亡くなっています。さらに同年11月には、沖縄沖でUSSグレイバック(USS Grayback)の残骸も発見されました。
それでもなお、残りの艦艇たちは今もStill on Patrol――死後もなお、その任務を全うし続けているのです。