「大地」を意味する女神ヨルズ
ヨルズ(Jörð)とは、「大地」を意味する名を持つ、アース神族あるいは巨人族の女性神です。
ヨルズは巨人の女(ギュグヤ)であると同時に、主神オーディンに愛された存在でもあり、両者の結びつきによって生まれたのが、あの雷神トールです。また別の伝承では、彼女は夜の女神ノット(Nótt)の子孫であるとも語られています。
多くの異名が示す「母なる大地」の姿
ヨルズは、いわゆる大地母神の一面を持つ存在と考えられています。それは、彼女に与えられた数多くの異名からも読み取ることができます。
- フィヨルギュン(Fjörgyn):「生命を育む者」を意味する名前です。興味深いことに、この語には男性形のフィヨルギュン(Fjörgynn)も存在しており、性別が特定できない点から、原初の両性具有的存在への言及であるとも解釈されています。
- フォールド(Fold)、グルンド(Grund):どちらも「地面」「大地」そのものを指す名称です。
- フローズン(Hlódyn):大陸ゲルマン人の間で信仰された「母なる神」フルダナ(Hludana)に関連づけられる名で、「隠す、覆う」という観念と結びついています。
さらに研究者の間では、ローマの歴史家タキトゥスが『ゲルマニア』の中で記述した大地女神ネルトゥス(Nerthus)が、後の時代に男神ニョルズ(Njörðr)へと姿を変えた存在であり、ヨルズはその伝承の反映である可能性も指摘されています。つまりヨルズは、複数の古い信仰が重なり合った、多層的な性格を持つ女神なのです。
大地崇拝の信仰とインド・ヨーロッパ的観念
ヨルズに捧げられたとみられる信仰は、偉大な自然の力そのものを崇敬していた古代ゲルマン民族の精神性とよく一致しています。一方で、「大地を神々の母とみなす」という発想自体は、インド・ヨーロッパ語圏全域に広く見られる普遍的な観念でもあり、ヨルズ信仰もまたその大きな流れのひとつに位置づけられるのです。