古代の歴史

74門艦――帆船海軍時代を代表する傑作軍艦

74門艦とは

74門艦は、その優れた機動性、強力な火力、そして総合的な航海性能と軍事性能のバランスから、帆船海軍時代において最も成功した軍艦であると広く評価されています。

歴史

18世紀前半、フランス海軍は74門の砲を搭載する新型の二等戦列艦を段階的に発展させました。その最初の代表格となったのが「ブルボン」号です。その後、多数の同型艦が建造されましたが、寸法には差異があり、武装の配置にも多少のばらつきが見られました。当初は36ポンド砲26門、18ポンド砲28門、8ポンド砲16門、4ポンド砲4門という構成でしたが、1739年建造の「テリブル」号以降は、36ポンド砲28門、18ポンド砲30門、8ポンド砲16門という構成に固定されることになりました。

これらの艦のうち相当数が拿捕され、特にイギリス海軍の手に渡りました。イギリス海軍は鹵獲した74門艦を実戦で運用した後、その優秀さを認めて同様の設計による建造に乗り出します。こうして74門艦は、瞬く間にヨーロッパ諸国すべての戦闘艦隊の中核を担う存在へと発展していきました。

標準化への道

七年戦争の終結時、艦隊に大きな損害を受けたフランス王国は、新たな海軍造艦計画を立ち上げました。シュヴァリエ(騎士)ジャン=シャルル・ド・ボルダの主導の下、造船技師ジャック=ノエル・サネの協力を得て、1/48縮尺の図面体系の整備により艦種の標準化が推進され、部品類、とりわけマストについても規格化が実現しました。

そして74門艦の設計図は、「テメレール」号の建造のために描かれました。同艦はこうして、長きにわたる一連のシリーズの先駆けとなり、後世に名を残す「テメレール級」の祖となったのです。