
機体諸元
機体名:ノースアメリカン T-28A トロージャン
製造会社:ノースアメリカン・エイヴィエーション社
種類:練習機
初飛行:1949年
エンジン:ライト R-1300-1 サイクロン 空冷星型7気筒 800馬力
全幅:12.21m
全長:9.75m
全高:3.86m
離陸重量:2,887kg
最大速度:高度1,800mにて455km/h
実用上限高度:7,300m
航続距離:1,600km
武装:標準状態ではなし
乗員:2名
練習機として設計された最後のレシプロ機
T-28は、当初から練習機として設計され、大量生産された最後のプロペラ駆動機です。アメリカは1948年、当時まだ現役だったものの時代遅れになりつつあったT-6 テキサンの後継機として、ノースアメリカンT-28 トロージャンの開発を進めました。しかし、T-28の第一線での運用歴は先代よりもはるかに短いものでした。アメリカ空軍は1,194機を第一線部隊で1956年まで、予備部隊では1959年まで使用し、一方アメリカ海軍はさらに790機を発注して、1953年から1960年代後半まで運用しました。
その経歴の中で、この機体は練習機としては非常に珍しい任務も担うことになりました。対地攻撃・対ゲリラ戦機へと改造されたのであり、この役割においては主にフランス空軍で活躍しました。フランスは1960年、米空軍がすでに退役させていた初期型245機を購入し、「フェネック(Fennec)」の名称で部隊配備して、アルジェリアでの作戦に投入したのです。
開発の経緯
1948年、初等訓練と基礎訓練の両方に対応できる機体への需要を受け、アメリカ空軍は新型練習機の開発を各社に求めました。この競争で勝利したのがノースアメリカンで、その設計案はNA-159と呼ばれました。正式にXT-28の名称を与えられた試作機は、1949年9月26日に初飛行を果たしています。
トロージャンは、低翼配置の優美な全金属製単葉機として登場し、完全引き込み式の前輪式三輪降着装置を備えていました。訓練生と教官はタンデム配置で、大きな透明な「バブル」型キャノピーの下に収められ、最大限の視界が確保されていました。メーカーが選定したエンジンは、800馬力を発生する7気筒のライトR-1300 サイクロンで、2枚羽根の可変ピッチ金属プロペラを駆動します。
その出力特性から、T-28はT-6よりもずっと「手強い」機体に見えましたが、実際には操縦指示に素直で扱いやすく、目立った欠点を見せませんでした。ただし、訓練機の分野では画期的な新機軸であった前輪式降着装置については、訓練生パイロットにある程度の慣れが必要でした。さらにアメリカの技術者たちは機上武装の搭載余地も残しており、主翼下に45kg爆弾2発、あるいはロケット弾6発と機銃2丁を搭載できる仕様としていました。
量産と派生型の展開
1950年に試験が完了すると、アメリカは最初の266機を発注しました。その後の追加発注により、総生産数は1,194機に達します。これらの機体はT-28Aの制式名称を与えられ、すべてアメリカ空軍の航空訓練軍団で運用されました。
1952年になると、海軍も本格的にトロージャンへ関心を示しました。以後、海軍は自らの運用要件に適合した、何よりも高出力を特徴とする型の開発を要求します。ノースアメリカンは短期間でT-28Bの試作機を作り上げ、1953年4月6日に初飛行させました。軽微な構造変更を除けば、この機体の本質的な相違点はエンジンにあり、1,425馬力のライトR-1820が3枚羽根の可変ピッチ金属プロペラを駆動するようになりました。
アメリカ側は性能の大幅な向上を確認し、試験終了後にT-28Bを採用して489機を発注しました。さらに1955年には、航空母艦での運用が可能なモデルが新たに発注されます。これがT-28Cであり、その試作機は同年9月19日に初飛行しました。主な変更点は、着艦フックの装備と艦上運用特有の過酷な荷重に耐えるための胴体の延長・強化、そしてアレスティング・ワイヤーによる前脚への急激な衝撃に起因する事故を防ぐため、直径の小さいプロペラを採用したことにあります。アメリカ海軍は合計301機のT-28Cを受領しました。