ジェームズ・ハロルド・ドゥーリトル(James Harold Doolittle、1896年12月14日 - 1993年9月27日)は、アメリカ合衆国の軍人・飛行家です。陸軍航空軍(USAAF)でキャリアを積み、最終的に大将の階級にまで昇りつめました。第二次世界大戦中に日本本土への初空襲「ドゥーリトル空襲」を指揮したことで、世界中にその名を知られています。

生い立ちと初期の経歴
ドゥーリトルは1896年12月14日、カリフォルニア州で生まれました。第一次世界大戦中はヨーロッパ戦線へ赴かず、アメリカ国内で飛行教官として後進の育成に尽力しました。戦間期には航空工学の博士号を取得するなど、パイロットとしてだけでなく、技術者としても卓越した才能を発揮しています。
レース飛行機での華々しい活躍
1925年にはカーチス R3C-2に搭乗してシュナイダー・トロフィー・レースで優勝し、世界的な名声を手にしました。さらに1932年には、当時最速と謳われたギー・ビー R-1を操縦してトンプソン・トロフィーを制覇。両大戦間のアメリカを代表するレーシングパイロットの一人となりました。
ドゥーリトル空襲と第二次世界大戦
1942年4月18日、ドゥーリトルはB-25爆撃機16機による日本本土空襲作戦を立案・指揮しました。この作戦は真珠湾攻撃への報復として歴史に刻まれる「ドゥーリトル空襲」となり、彼はこの功績によりアメリカ軍最高の栄誉である議会名誉勲章(Medal of Honor)を受章しました。
その後も要職を歴任し、第12航空軍司令官(1942年9月23日 - 1943年3月1日)、第15航空軍司令官(1943年11月1日 - 1944年1月3日)として、北アフリカおよびヨーロッパ戦線における連合軍の航空作戦を指揮しました。
戦後の活動と晩年
第二次世界大戦後も朝鮮戦争に関与するなど、軍事顧問として第一線で活躍を続けました。1993年9月27日、96歳で生涯を閉じました。
映画『パール・ハーバー』での描かれ方
2001年公開の映画『パール・ハーバー』では、俳優アレック・ボールドウィンがドゥーリトルを演じています。劇中で重要な役割を担うキャラクターとして登場し、物語の一部はドゥーリトル空襲の再現シーンに費やされています。