決戦を狙ったイギリス海軍、しかし待ち受けていたのは罠だった
一部の資料によれば、イギリス海軍は非公開の情報源から、ドイツ巡洋艦戦隊を指揮するフランツ・ヒッパー提督が5月30日にキールへ向けて出航したという情報を入手していた。イギリス側は、ヒッパー戦隊がここ数か月に行ってきたように、イングランド東岸の町々への艦砲射撃を企てているものと推測したのである。
ドッガー・バンク海戦での輝かしい勝利に続くものとして、ジョン・ジェリコー大将はこの情報を、ドイツ艦隊をおびき寄せて決定的な海上決戦に持ち込む絶好の機会と捉えた。
ところが、罠にはまったのはむしろイギリス海軍の方だった。ドイツ大洋艦隊の司令長官ラインハルト・シェーア中将は、イギリスが決戦を求めていることを察知しており、ヒッパーの出航からわずか数時間後に、自らの主力戦隊を出撃させたのである。この第二部隊は、20隻を超える弩級戦艦と巡洋艦、さらに数十隻の駆逐艦や水雷艇からなる強力な編成だった。
二方面に分かれて出撃したイギリス艦隊
ジェリコーはドイツ艦隊に対抗するため、二つの部隊を出動させた。ひとつはロサイスから出撃した、デイヴィッド・ビーティー中将指揮下の巡洋艦第1・第2戦隊および第5戦艦戦隊である。もうひとつは、ジェリコー自身が直接率いるグランドフリート(本国艦隊)で、スカパ・フローから出撃した。
第5戦艦戦隊には、マラヤ、バーラム、ヴァリアント、ウォースパイトの4隻の高速戦艦が含まれていた。これらは元来、砲術訓練のためにビーティーの指揮下に一時的に配属されていた艦艇であり、後にユトランド海戦で重要な役割を果たすことになる。